大橋頼摸(読み)オオハシ ライモ

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「大橋頼摸」の解説

大橋 頼摸
オオハシ ライモ


肩書
衆院議員(政友会),静岡新報社長

生年月日
文久1年2月(1861年)

出生地
遠江国磐田郡井通村小立野(静岡県豊田町)

学歴
浜松中学校師範連養科卒

経歴
小学校訓導、郡書記、官選戸長、井通村長を経て、明治21年静岡県議。22年自由党に入り、のち政友会に所属。41年より衆院議員に2回当選。また静岡県農会長、天竜川東縁水防組合長、静岡新報(現・静岡新聞)社長、静岡印刷社長を務めた。

没年月日
大正1年11月5日

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

20世紀日本人名事典 「大橋頼摸」の解説

大橋 頼摸
オオハシ ライモ

明治期の政治家,実業家 衆院議員(政友会);静岡新報社長。



生年
文久1年2月(1861年)

没年
大正1(1912)年11月5日

出生地
遠江国磐田郡井通村小立野(静岡県豊田町)

学歴〔年〕
浜松中学校師範連養科卒

経歴
小学校訓導、郡書記、官選戸長、井通村長を経て、明治21年静岡県議。22年自由党に入り、のち政友会に所属。41年より衆院議員に2回当選。また静岡県農会長、天竜川東縁水防組合長、静岡新報(現・静岡新聞)社長、静岡印刷社長を務めた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大橋頼摸」の解説

大橋頼摸 おおはし-らいも

1861-1912 明治時代の政治家。
文久元年4月生まれ。小学校教師,戸長などをへて,明治21年静岡県会議員となる。41年衆議院議員(当選2回,政友会)。この間,県農会長,米穀改良組合長をつとめた。また静岡新報(静岡新聞の前身),静岡印刷の各社長となった。大正元年11月5日死去。52歳。遠江(とおとうみ)(静岡県)出身。浜松師範卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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