朝日日本歴史人物事典 「大江磐代」の解説
大江磐代
生年:延享1(1744)
江戸中・後期,光格天皇生母。聖護院門跡家臣法橋岩室(本姓大江)宗賢と林子の娘。幼名はお鶴,のち留子。磐代は女房名。伯耆国(鳥取県)倉吉で生まれ,9歳で父と共に上京。美貌で和歌,書にすぐれたといわれる。閑院宮家に仕え,典仁親王との間に祐宮(光格天皇),寛宮(聖護院宮盈仁親王)ら5王子を儲ける。親王没後,薙髪して蓮上院と号した。墓所は京都廬山寺。<参考文献>辻善之助「光格天皇の御生母磐代君」(『日本文化史』別録4)
(久保貴子)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報