大泉荘(読み)おおいずみのしょう

百科事典マイペディア 「大泉荘」の意味・わかりやすい解説

大泉荘【おおいずみのしょう】

出羽国田川郡の荘園。現山形県鶴岡(つるおか)市東半部から隣接する東田川郡北西部にかけた広い地域にわたったとみられる。長講堂(ちょうこうどう)領。年貢は砂金100両と馬2疋であったが,15世紀初頭までには国絹200疋の代納となっていた。鎌倉期の地頭大泉氏武藤氏)とみられ,南北朝期には上杉憲顕地頭職を有していた。

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関連語 地頭職

世界大百科事典(旧版)内の大泉荘の言及

【鶴岡[市]】より

…江戸時代は〈つるがおか〉と読み,鶴ヶ岡とも書いた。旧名を大宝寺といい,《義経記》に大梵寺とあるのがその初見で,大泉荘の中心集落であった。鎌倉初期から大泉荘の地頭武藤氏が居城を置いた。…

※「大泉荘」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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