大知波村
おおちばむら
[現在地名]湖西市大知波
太田村の北に位置し、今川流域の村。東の一部は浜名湖に面する。西は三河国多米村・石巻村(現愛知県豊橋市)。三河豊川へ至る道が通る。天文二年(一五三三)五月一五日の白山社(現白山西宮神社)の棟札写に「大知波郷入出村」とみえるので、中世の大知波郷は入出を含んでいた。永禄九年(一五六六)八月の朝比奈真次判物(「随庵見聞録」岡部家文書)によると、宮内右衛門は大知波(現大神山八幡宮か)禰宜名年寄職を補任され、大知波郷の計五貫文を与えられた。年未詳八月二三日の本多重次書状(豊田文書)には宛名部分に「大ちは 六左まいる」とあり、追伸書には「おこちや様」を小藪(現浜松市)まで送る旨を六左に命じている。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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