大石関(読み)おおいしのせき

日本歴史地名大系 「大石関」の解説

大石関
おおいしのせき

平安時代の初め、相坂おうさか(逢坂)龍花りゆうげとともに新しく三関とされた関。平安京への遷都に伴う交通体系の変化により、奈良時代の三関(愛発・不破・鈴鹿)に代わって弘仁元年(八一〇)新しく三関(相坂・不破・鈴鹿)が設定された。ところが天安元年(八五七)には相坂に「大石龍花」を加えた三関が一時的に設置されている(「文徳実録」同年四月二三日条)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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