大蔵館跡(読み)おおくらやかたあと

日本歴史地名大系 「大蔵館跡」の解説

大蔵館跡
おおくらやかたあと

[現在地名]嵐山町大蔵

大蔵の西部、旧鎌倉街道上道の都幾とき川渡河点に臨む丘陵端にあり、木曾義仲の父、帯刀先生源義賢の居館と伝える。県指定史跡。義賢は、仁平三年(一一五三)上野国多胡たこよりここに移り、久寿二年(一一五五)八月、甥の源義平によって攻められ、舅秩父重隆とともに討たれたという(長門本「平家物語」など)。「吾妻鏡」治承四年(一一八〇)九月七日条にも「義賢、去久寿二年八月、於武蔵国大倉館、為鎌倉悪源太義平主被討亡」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む