大衆免片原町(読み)だいじゆめかたはらまち

日本歴史地名大系 「大衆免片原町」の解説

大衆免片原町
だいじゆめかたはらまち

[現在地名]金沢市森山(もりやま)一丁目・東山(ひがしやま)三丁目

大衆免中通(だいじゆめなかどおり)と金屋(かなや)町の境から西へ分れ約八〇間(延宝町絵図)、そこから北へ折れて立川(たつかわ)町へ続く。大衆免西方を囲むように流れる小川溝の内側の通りに沿う片側町で地子町。傍町とも記し、大衆免砂はせ・馬場砂はせとも称される。用水の傍らで雨が降ると砂がよく流れたことによるといい、片側町なので片原町と称するともいう(金沢古蹟志)。文政六年(一八二三)大衆免町より町立てされた(「又新斎日録」加賀藩史料)。幕末の金沢町名尽(金沢市立図書館蔵)には地子町とある。巷称としての当町名は早くからみえ、「国事雑抄」享保一二年(一七二七)の記事に、藩の御用も勤めることとなった茜染職人の茜屋理右衛門・雪斎の兄弟が町内に居住していたとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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