日本歴史地名大系 「大袋城跡」の解説 大袋城跡おおふくろじようあと 群馬県:館林市羽附村大袋城跡[現在地名]館林市花山町東西に横たわる城(じよう)沼東端から南西に延びる長さ約七〇〇メートル・幅二〇〇メートル内外の入江があり、この入江に突出した半島とその付根付近の字大袋地域にある。また現つつじ町の三軒家(さんげんや)出城を新城(しんじよう)とよぶのに対し、古城(こじよう)とよばれ、付近の入江は古城沼という。享禄元年(一五二八)赤井氏が築城して青柳(あおやぎ)城から移ったとも(関八州古戦録)、それより以前応永(一三九四―一四二八)頃羽継氏により築かれたともいわれる。応永四年一二月二五日の弥九郎在家売券写(正木文書)には「佐貫庄羽継村大袋」とみえ、弥九郎は羽継を名乗る。赤井氏館林移城後、家臣諸野(毛呂)因幡守季忠が城主となり、元亀元年(一五七〇)諸野氏が主家に反逆して滅ぶと廃城となったという。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by