物事の由来,とくに家,職人の職能などの起源,由来,系譜などを記したもの。とりわけ家の来歴や系譜,親族などを記した書類は重要で,由緒,履歴,家系,系譜などさまざまな呼称と共通の場合もある。皇室,公家,武家,庶民とあらゆる階層で,自己の家系や履歴,親族関係を記録して備忘に供したり,官職に就くなど人事上の手続に際して作成・提出されて証拠とされた。江戸時代以降広く行われ,とりわけ武家では君臣関係を示す根拠として全家臣のそれを集めたものが,由緒書もしくは類似の書名を付して保存された。武家の家臣や門閥商人,町村役人などの庶民層では,とりわけ主君ないし支配者から特定の権限を付与されるに至った経緯を説明して,彼らとの結びつきを固める手段とされた。備前国岡山の《池田家履歴略記》,出雲国松江松平家の《烈士録》,豪商の《三年寄由緒》,長崎貿易に関する《糸割符(いとわつぷ)由緒書》など,事例が少なくない。
執筆者:金井 圓
平安時代末期から鎌倉時代にかけて,鋳物師(いもじ)(灯炉供御人(くごにん)),生魚商人(津江・粟津橋本御厨(みくりや)供御人など),地黄煎売(じおうせんうり)(地黄御薗(みその)供御人)など各種の供御人は,その特権の保証されたときの時期と天皇を訴訟などの際に強調し,その系譜の確かなことを誇っているが,これは事実であることが多い。しかし室町時代以後,この特権を保証していた天皇の実質的な力が弱化するとともに,この由来はしだいに伝説化し,不正確になり,正確な文書にも〈天照大神〉〈神武御門(みかど)〉などが登場するとともに,こうした伝説に基づく由緒書が書かれ,偽文書(ぎもんじよ)が作成されるようになってくる。灯炉供御人の全国的組織解体の事態に直面した鋳物師を再組織した真継家が,供御人の伝統を背景にしつつも,戦国時代,諸国にそれぞれ商圏をもつようになった鋳物師の実情,当時の習俗に即しつつ,鋳物師に伝わる伝承を取り入れた由緒書を作成,さらに正確な文書を下敷きにしつつ偽文書を作ったのは,その好例である。惟喬(これたか)親王を職能の祖とする木地屋(きじや)の由緒書と偽文書も,神祇官を通じて天皇に属した轆轤師(ろくろし)の伝統を背景に,江戸時代に入ってから全国の木地屋を組織するために作られたものと思われる。また被差別部落には,〈河原巻物〉ともいわれ,その職能・特権,差別の由来を語るさまざまな由緒書が伝わっているが,そこにしばしば現れる〈延喜御門〉(醍醐天皇)は,16世紀に塩売りとして活動した坂の者(非人)の正当な文書(〈北風文書〉〈八坂神社文書〉)にも現れるので,この由緒書も単に江戸時代に捏造(ねつぞう)されたものではなく,戦国時代のなんらかの事実・伝統を背景にしているのである。このほか,近江保内(ほない)商人の後白河天皇の偽綸旨(りんじ)とつながる由緒書をはじめ,職人の伝える偽文書には由緒書が結びついていたものと思われるが,これらのうち,またぎの〈山立根元巻〉が源頼朝にその特権の起源を結びつけているように,東国の職人には頼朝や徳川家康にみずからをつなげているものが多い。そして職人の由緒書は偽文書とともに,中世後期以降,江戸時代の社会ではそれとして認められ,実効をもったことも見逃してはなるまい。
執筆者:網野 善彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…その多くは,中世の〈職人〉の特権を保証した天皇・将軍等の発給文書を下敷きにし,戦国末期から江戸初期の〈職人〉の実態に即しつつ,その慣習・伝説をもりこみ,鋳物師の真継家,木地屋の大岩家のような〈職人〉集団を統轄する立場にある人によって作成された。しかもこうした偽文書は鋳物師の偽蔵人所牒に〈天皇御璽〉がおされたように幕府・公家に公認され,それと結びついた由緒書とともに,江戸時代の〈職人〉組織を支える機能を果たしつづけた。廻船人の法として知られる《廻船式目》もその一事例にほかならない。…
…由緒書ともいう。江戸時代,武士が直系の先祖の氏名・経歴などを書き連ねた文書。…
※「由緒書」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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