大西浄玄(読み)おおにし じょうげん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大西浄玄」の解説

大西浄玄 おおにし-じょうげん

1720-1783 江戸時代中期の釜師
享保(きょうほう)5年生まれ。大西浄元の子。京都大西家7代。8代千宗左好みの,「玄」の文字を底にいれた阿弥陀堂(あみだどう)釜を30口つくる。これは玄の字釜とよばれた。天明3年4月16日死去。64歳。本姓は細野。通称は清右衛門。号は未算。大西家3代も浄玄を名のった。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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