文字(読み)モジ

デジタル大辞泉 「文字」の意味・読み・例文・類語

も‐じ【文字】

《「もんじ」の撥音の無表記から》
言葉を表記するために社会習慣として用いられる記号。個々の字の性質から表意文字表音文字、また表語文字(単語文字)・音節文字音素文字(単音文字)などに分けられる。もんじ。
文章。また、読み書きや学問のこと。
「―を見る眼は中々慥にして」〈福沢学問のすゝめ
言葉。文言もんごん
「ただ―一つにあやしう」〈・一九五〉
字の数。音節。
「―のかずも定まらず」〈古今・仮名序〉
(近世、関西地方で)字の記された銭の面。〈物類称呼
語の後半を省き、その語の頭音または前半部分を表す仮名の下に付いて、品よく言い表したり、婉曲に言い表したりする語。→文字言葉
[類語](1文字もんじ鳥跡ちょうせき鳥の跡用字表記点画てんかくレター邦字ローマ字アルファベットハングル梵字ぼんじ大文字小文字頭文字イニシャル英字数字漢字仮名真名片仮名平仮名万葉仮名字母表音文字表意文字音字意字象形文字楔形くさびがた文字甲骨文

もん‐じ【文字】

もじ(文字)」に同じ。「十文字」「だい文字

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精選版 日本国語大辞典 「文字」の意味・読み・例文・類語

も‐じ【文字】

  1. [ 1 ] 〘 名詞 〙 ( 「もんじ(文字)」の撥音「ん」の無表記から )
    1. 点や線の組み合わせによって言語をひとくぎりごとに記号化したもの。単語文字(漢字など)・音節文字(仮名など)・音素文字(ローマ字など)に分かれる。字。ふみ。
      1. [初出の実例]「右在法隆寺蔵繍帳二張、縫著亀背上文字者也」(出典:知恩院本上宮聖徳法王帝説(917‐1050頃か))
      2. 「そのつぎに男手、はなちがきに書きて、同じもじを様々にかへきて書けり」(出典:宇津保物語(970‐999頃)国譲上)
    2. 特に日本語の、音節を表わす仮名。また、音節、音節の数。
      1. [初出の実例]「うたのもじも定まらず、〈略〉素戔嗚尊よりぞ、みそもじあまり一もじはよみける」(出典:古今和歌集(905‐914)仮名序)
    3. 字の音(おん)
      1. [初出の実例]「相夫恋といふ楽は、女、男を恋ふる故の名にはあらず。本は相府蓮、文字のかよへるなり」(出典:徒然草(1331頃)二一四)
    4. ( 文字で書き表わすところから ) ことば。文言(もんごん)。文辞。文句。用語。また、助詞・助動詞に対して自立語、なかんずく体言をさしていう場合。
      1. [初出の実例]「ただもじ一つにあやしう、あてにもいやしうもなるは、いかなるにかあらん」(出典:枕草子(10C終)一九五)
    5. 転じて、文章、文才。また、読み書きや学問、知識、素養などをいう。
      1. [初出の実例]「如上意年老身貧也。少有文字、仏事亦可勤仁也。出世之義可然也」(出典:蔭凉軒日録‐文明一八年(1486)六月二四日)
      2. 「また学士文人の著はせる絶好の文字を細心味読し」(出典:西国立志編(1870‐71)〈中村正直訳〉二)
    6. 近世、関西の方言で、字の記された銭の面、すなわち銭の表をいう。転じて、銭。〔物類称呼(1775)〕
    7. ( 常磐津節の名取は芸名に文字何々とつけるところから ) 常磐津節の師匠。転じて、常磐津節。
      1. [初出の実例]「諷講仕廻(まい)に文字をのぞまれる」(出典:雑俳・柳多留‐三(1768))
  2. [ 2 ] 〘 造語要素 〙 ある語の後半を省き、その代わりに添えて品よくいう語。「かもじ」「ゆもじ」「しゃもじ」「そもじ」など。また、接頭語「お」を付けて用いることもある。「おくもじ」「おはもじ」「おめもじ」など。文字ことば。
    1. [初出の実例]「あらあらいづくも御ゆもし御恋し候や」(出典:実隆公記‐文明六年(1474)冬紙背)

もん‐じ【文字】

  1. 〘 名詞 〙
  2. もじ(文字)[ 一 ]〔色葉字類抄(1177‐81)〕
    1. [初出の実例]「かき給へる筆のたたずまいなど、そのもんじともなくあやしげなるを」(出典:苔の衣(1271頃)四)
    2. [その他の文献]〔史記‐秦始皇本紀〕
  3. もじ(文字)[ 一 ]
    1. [初出の実例]「又、歌ふ人の、節を付て、文字(もんじ)を分つべき事、一也」(出典:花鏡(1424)音習道之事)
  4. もじ(文字)[ 一 ]
    1. [初出の実例]「こゑたびたびかれて、すこし聞よくもなり、もんじのさまもさだかにきこえければ」(出典:文机談(1283頃)四)
    2. 「眼火(めひ)といふが有ものか、飯櫃の中のはめしだは、ひとしでは文字(モンジ)が違って居らア」(出典:滑稽本・七偏人(1857‐63)五)
  5. もじ(文字)[ 一 ]
    1. [初出の実例]「少し書きつづけて見やうかと思ふ。私はさうした種類の文字(モンジ)が、忙がしい人の眼に、どれ程つまらなく映るだらうかと懸念してゐる」(出典:硝子戸の中(1915)〈夏目漱石〉一)

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改訂新版 世界大百科事典 「文字」の意味・わかりやすい解説

文字 (もじ)

言語を視覚的に表す記号の体系をいう。

言語行動には,音声を素材とする〈音声言語行動〉と,文字を素材とする〈文字言語行動〉とがある。古くは,両者は十分に区別して考察されることがなかったが,両者の差異がしだいに明らかにされてからは,一般に言語あるいは言語行動という場合には主として音声言語ないしは音声言語行動をさしていうのが普通で,文字を媒介として成立する文字言語(行動)は言語の研究において第二義的な位置が与えられてきた。それは,人間の社会ではすべて音声言語行動がいとなまれているのに対して,文字言語行動をいとなまない社会があり,また文字言語行動がいとなまれている社会の中にも文字言語行動をいとなまない人々がいるからであり,さらに文字言語行動が音声言語を前提としなければ成立しえないと考えられるからである。しかし,すでに文字を用いることを知っているものにとっては,言語は,単に音声とつながる表象であるだけではなくて,同時に文字につながる表象である場合が多いので,言語行動において文字の果たす役割は大なるものがあり,また文明社会において文字の存在する意義はきわめて大きいものがある。

 音声と文字にはそれぞれ素材としての長所と短所がある。音声は身体にそなわっている諸器官の運動によって発せられるのに,文字はそれを書くための道具を必要とする。しかし,文字の発明・発達は,言語を時間・空間の制約から解放した点に最も大きな意義がみとめられる。音声は,その伝達される範囲に限りがあり,その範囲の中にいない人々には伝わらないし,また音声がすでに発せられたあとからその範囲内に入った人々もそれを聞くことができない。文字によって書かれたものは,それを移動することによって(話し手が移動する代りに),音声の伝わる範囲をこえる伝達が可能であり,したがって時間的制約もこえることになる。音声は消えてしまうものであるのに対して,文字によって書かれたものは幾度も繰り返し読むことができ,忘却の危険を避けることができる。正確さを必要とすることがらや,後になって問題とされるようなことがらが文字によって書きとめられるということで,文字の特徴が利用されている。今日では,諸種の機械の発明が音声による伝達の欠陥を補おうとしている。電話,テレビ,ラジオ,録音機などの使用がそれである。一方では,印刷技術の発達が文字の効用をさらに大きくしているのであって,その場合場合によって音声言語行動と文字言語行動がそれぞれの長所を生かしていとなまれているのである。

 文字は,このように,聴覚にうったえる音声言語行動を,視覚にうったえる伝達方法にうつしかえることによってその時間的・空間的制約をとり除く。ただし,視覚にうったえる伝達の方法は文字だけに限られるものではない。表情や身ぶり,旗などの色や動き,あるいは絵画的表現,縄などの結び目,木などの刻み目などによるさまざまな方法がある(なかには自己の記憶のための場合もある)。それらの中には〈絵文字〉とか〈結縄(けつじよう)文字〉(結縄)とか〈貝殻文字〉とかいうように何々文字と通称されているものもあるし,〈身ぶり語〉とか〈花言葉〉とかいうように,言語の一種であるかのような呼名の与えられているものもある。固有の意味における〈文字〉がこれらのさまざまな視覚にうったえる伝達方法と区別されるのは,何よりもまず,文字による表記が特定の言語の表現と緊密に結びついている点にある。言語には,音と意味の両面がある。すなわち,言語は聴覚映像と概念との結びつきによって成立している。文字は聴覚映像としての音の面だけを表したり,概念だけを表すことを目的としているものではなくて,その両者の結合した特定の言語記号を表すものである。いわゆる絵文字などが固有の意味における文字ではないというのは,それらが特定の言語における特定の概念と直接に結びついても,その言語においてその概念と結びついている特定の聴覚映像との間の関係が一定していない,言い換えれば,同じような意味を表すいろいろちがった読み方がゆるされる,ということによる。もっとも,手旗信号のように言語の音の面を旗の動き方の約束によって伝える伝達の方法もあるが,それは音声によって伝えられる範囲を空間的に拡大するにとどまり,上にみてきたような文字の性質をすべてそなえるものではない。文字が(音声)言語を表記するものであるといわれるのはこのような意味においてである。したがって,文字の分類として常識的に行われている〈表意文字〉と〈表音文字〉との別は,後にも述べるように,〈文字〉の性質を正しく表すものといえない。表意的とか表音的とかいう性質は体系としての〈文字〉についてみられるのではなくて,それぞれの体系を構成している個々の要素である〈字〉についていわれることなのである。

 文字体系を構成するこの個々の字については,〈字体〉と〈字形〉という区別が問題とされる。字は具体的な形をもって実現されるが,それは書き手のちがいにより,また同一の書き手にあっても,1回ごとに異なる形で実現される。すなわち,異なる〈字形〉をもって実現されるが,そのちがいをこえて一般には同じであると認められるのは〈字体〉を同じくしていることによる。活字の場合でも,たとえば,〈幸〉と〈幸〉,〈家〉と〈家〉とはそれぞれ形は異なるが同じ字体である。さらに,字体のちがいをこえて同じ字であると認められる場合がある。ギリシア文字のς(シグマ)は語末以外ではσという字体が用いられる。なお,草書,行書,楷書とか,ゴシック,イタリック,とかいうような文字体系の全体にわたる字体のちがいは〈書体〉といわれる。一方,字をその構成要素に分析して,たとえばAは,aと〈大文字化〉,という二つの要素から成るとして,それぞれを〈グラフィームgrapheme(字素)〉と呼ぶ試みもなされ,漢字の声符,義符などの構成要素もそのような扱いをしようとする試みもあるが,分析の客観的規準を見いだすのが困難で,研究の進展がみられない。

このように,文字は(音声)言語を目に見える形であらわす記号の体系であるといいうるが,音声言語行動のすべての面を書き表すことはないのが普通である。たとえば,日本語や英語の表記法などは高低あるいは強弱のアクセントを記していない。声調toneが重要な役割をしているタイ語やベトナム語などの表記法ではその区別が書き表されているが,それでも文に加わるイントネーションや強調などのすべてが表記されることはない。

 また,音声言語行動と文字言語行動とではその成立する場面に大きなちがいがある。前者にあっては,表情や身ぶりが加わるし,相手の反応をみながら伝達の正確さを期することができるのに,後者にあってはそのようなことがない。したがって,文字で書く場合には当然音声言語行動とは異なるくふうが必要であり,音声言語とは別に文字言語の発達をみることになるのである。

 さらに,言語は時代とともに変遷するものであるが,文字による表記は言語の変遷に伴ってその表記法を変えていくということが困難であるので,〈音声言語〉と〈文字言語〉との差はしだいに大きくなる(ただし,いわゆる〈口語〉と〈文語〉との別はこれと一致するとはいえない。〈口語文法〉は音声言語の文法ではなくて文字言語に属する〈口語文〉の文法であった)。明治時代に行われた言文一致の運動はこのような音声言語と文字言語との間の差をちぢめようとしたものである。また,言語音とその表記法との間にずれが生ずると〈正書法orthography〉あるいは〈かなづかい〉の問題が生じ,さらに綴り字・かなづかいの改訂が要求されるようになる。この改革は大きな障害にぶつかるのが普通である。一定の字の連続がある特定の単語を表す習慣が固定すると,その単語の概念はその聴覚映像と結びつくと同時に,文字表記における字面全体の視覚表象とも結びつくものであって,個々の字を拾い読みするのではないから音との間のずれは問題にされないのが普通である。ことに音韻の変化の結果,もとは互いに異なる音の連続であった二つ(以上)の単語が同じ音連続になってしまった場合(同音異義語)に,綴り字が単語のちがいを示す役割をすることになる(例えば英語のnightとknight,mailとmaleなど)。日本での〈現代かなづかい〉に大きな反対があったのは,字面からの視覚表象とそれに結びついている語感との関係がたちきられることのきらわれたのがその理由の一つであった。

 現代かなづかいがそういう反対をおさえて実施されるようになったのは,だいたいにおいて旧かなづかいよりも容易である(現代の音韻とのずれがすくない)ためであるが,一方において障害となる問題の大部分が漢字のかげにかくれていることが注意される。漢語には同音異義語がきわめて多く,〈科学〉と〈化学〉,〈鉱業〉と〈工業〉などのように関係の近い単語の中にも音では区別されないものがあるが,文字の上ではその区別が表記されている。そして,漢語はこのような表記法だけの問題でなく,新しい単語が文字のほうから造られ,文字言語から音声言語にとり入れられるという問題をも提供している(英語においてもユネスコUNESCOとかビットbit(binary digit)とかいうように文字を媒介としての新造語も多くみられる)。また〈しょうこう(消耗)〉が〈しょうもう〉に,〈こうらん(攪乱)〉が〈かくらん〉に変わったのは,それぞれ耗の〈毛〉,攪の〈覚〉に対する音の類推によって(文字の影響によって)音が変わったと考えられている(英語などの綴り字発音spelling pronunciation参照)。文字言語は,したがって,音声言語を写し,その変化のあとを追っていくばかりでなく,逆に文字言語の影響によって音声言語が変化する場合のあることが知られる。

 なお,文字言語と音声言語との間に著しい差が生じても,文字言語は音声言語とは別個に存在し,まったく別の音声言語を使用する諸民族に同じように用いられる場合さえある。ヨーロッパにおける中世のラテン語,東洋の漢文,インドのサンスクリットなどは国語のちがいをこえて用いられた共通文字言語の代表的な例である。このような場合には,すでに固定した体系を正しくとらえ,それに従って正しく書くことが要求されるので,このような文字言語の研究は言語の研究における中心的課題となっていた。言語の研究史において音声言語が第一義的な対象とされるようになったのは,実は比較的新しいことだともいえるのである。

言語が社会習慣的に定まった記号の体系であると同様に,言語を表す文字もまたそれぞれ社会的習慣として定まった記号の体系である。ふつう,英語,フランス語,イタリア語などが同じ文字で書かれているとわれわれがいうのは,厳密にはそれぞれが体系を異にしているといわなければならぬにせよ,それぞれの体系を構成する字の大部分が字体を同じくしていることによって,漠然と同じであると感じるからである。しかし,それぞれ互いに異なる文字言語を表すのであるから,文字と言語との照応,それぞれの字の用字法は互いに異なっている。一方,日本語においては,その文字言語の表記に,漢字,ひらがな,かたかな,さらにはローマ字が用いられている。普通には,漢字とひらがなが主として用いられ,かたかなやローマ字は外国語,外来語,術語などを表したり発音の説明に用いられたりするというような違いがあるが,ともかく4種の文字が行われていることになる。漢字だけによる日本語の表記(《万葉集》などの例)は行われなくなってすでに久しいが,かなだけでもローマ字だけでも日本語は表記されうる(その場合に今まで漢字のかげにかくれていた同音異義語や漢字の字面にたよっていた単語などに問題が生ずることは,ここでは問わない)。世界にはさまざまな文字が行われており,また新しい文字を創造することも可能である。文字にはそれぞれ言語の書き表し方に違いがあり,それぞれの言語の構造の違いによって,それを書き表すのにつごうのよい文字とつごうのわるい文字とがある。いわゆる〈国字問題〉(国語国字問題)ではそれぞれの言語においてつごうのよい文字がもとめられるとは限らず,文字にそなわるその他の要因として,字の記憶の容易さとか世界における普遍性などが大きな位置を占めるのが普通である。

今日用いられている文字のほかに,かつて行われていた文字を含めると,文字の種類はひじょうに多く,それぞれにおける字の形や字の配列法など多種多様のものがある。古代の漢字やエジプト文字などのように,字の形の多くが物の形をかたどっているものは〈象形文字〉と呼ばれ,バビロニア,アッシリア,古代ペルシアの文字資料にみられる〈楔形(くさびがた)文字〉や,ヘブライ文字,パスパ文字などに対する〈方形文字〉の呼名はそれぞれ字の形に即して与えられたものである。ちなみに,古代エジプトの象形文字は〈ヒエログリフhieroglyph〉と呼ばれ,それは〈聖刻文字〉ともいわれて,古代人の文字に対する神聖観のあらわれであると説かれるが,この術語は古代エジプト文字に限らず,ヒッタイト,クレタ島などの象形文字や漢字にも通用されている。

 ローマ字,ロシア文字,ギリシア文字などにはいわゆる〈大文字〉と〈小文字〉の区別があり,アラビア文字,モンゴル(蒙古)文字などには頭位形・中位形・末位形・(および独立位形)の3~4形があってそれぞれあらわれる位置によって異なる字体が用いられている。またインド系の文字では,その母音字に母音が単独で音節をなす場合の字体(独立形,摩多)と子音字(単独では特定の母音と結合した音節を表す)と結合する場合の字体(半体,体文)との区別を有するものや,子音字には他の子音字と結合する場合の別な字体を有するものなどがある。

字の配列の仕方についてみれば,モンゴル文字,満州文字のように縦に配列されるものと,ローマ字,ギリシア文字,アラビア文字などのように横に配列されるものとがある。漢字,かな,ハングルなどは前者の例であったが,今日では縦書き・横書きの両様がある。横書きには,さらにローマ字,ギリシア文字などのように左から右へ横書きされるものと,アラビア文字やヘブライ文字などのように右から左へ横書きされるものとがある。しかし,ギリシア文字は古くは右から左へ,左から右へと各行交互に方向を変えるいわゆる〈耕作型〉(あるいは〈牛耕式boustrophedon〉)の書き方が行われたし,さらにさかのぼれば右から左に進む右横書きであった。縦書きか横書きかということも社会的習慣にほかならないのであり,漢字,かな,ハングルや古代エジプト文字のように縦横両様の書き方が普通に行われているものもある。ただし,ギリシア文字が右横書きから左横書きに変わった結果,がちょうど裏返しにした形のBに変わったような字体の変化が起こったし,また古代エジプトの象形文字で動物などの向きが進行方向の異なるにつれて変わっている(右横書きの場合には右に,左横書きの場合には左に向いている)ように,字の形とその配列の習慣とには密接な関係があることもある。これらに対して,字の形が縦に連なるようになっているモンゴル文字,満州文字などは横書きされることがない。

 次に行の進み方についてみると,横書きの場合にはいずれも上から下へ進むが,縦書きの場合には,漢字やかななどのように右から左へ進むのと,モンゴル文字,満州文字のように左から右へ進むのとがあり,後者は右横書きの文字の借用から縦書きに発展したためであると説明される。

 また,ローマ字,モンゴル文字などのように単語と単語との間に空間をおくいわゆる〈分かち書き〉の習慣をもっている文字がある一方,漢字,かな,インド系諸文字などにはそのような習慣がない。そのほか,固有名詞の前に空間をおくことによって敬意を表したり,あるいは行中における位置による尊敬・謙譲の意の表明など,字の配列における習慣は個々の民族によって独自のきまりがある。また〈句読(くとう)点〉と呼ばれる記号も文字によってさまざまな形がみられる。

文字はこのようにその字の形や配列の仕方などに多種多様なすがたをみせているが,字とそれが表す言語の要素との関係から〈表意文字ideogram〉と〈表音文字phonogram〉とに分け,後者をさらに〈音節文字〉と〈単音文字〉(あるいは〈音素文字〉)とに分ける分類が一般に行われてきた。しかし,すでにふれたように表意文字は音を表さずに意味だけを表し,表音文字は意味を表さずに音だけを表すというような説明は,厳密にいえば正しくない。表意文字の代表例とされる漢字は原則として1字1字が直接意味と結びついているが,同時にそれは特定の音とのつながりをもっていることを見失ってはならない。言語を異にする人々の間で漢字による筆談が成立するのはその特殊な用法にすぎないのであって,中国語を表記する漢字は中国語のそれぞれの方言における特定の音と特定の意味との両面と結びついており,日本語の中では日本語としての音と意味がそなわっている。もし概念が分析されず音を離れて書き表されるとしたら,定義上それは文字ではない。☞とかとかとかいう記号がそれであって,特定の音と結びついていないという性質によって言語の違いをこえて理解されるし,概念との結びつきが直接的であり,見た瞬間に了解されるような特徴が利用されているのである。一方において,かなやローマ字のように表音文字と呼ばれる文字は,その要素である個々の字は原則として特定の音(音節あるいは音素)と結びつき,意味とは直接のつながりがないが,文字としての機能においてはそれぞれの字の連続によって意味をもった言語を表記することが注意される。したがって今日では,文字を個々の字が表す言語の単位によって分類し,単語文字(あるいは表語文字),音節文字,音素文字とするようになっている。

〈単語文字word writing(logograph)〉は,ふつう表意文字と呼ばれるもので漢字やエジプトの象形文字の初期の段階にみられるように,個々の字が原則として単語に相当する単位を表す(表語文字)。ただし,この種の分類が原則的事実の上にだけ立つものであることは注意されなければならない。漢字の中にも〈珊瑚(さんご)〉とか〈鶺鴒(せきれい)〉などのように2字ではじめて単語に相当し,個々の字1字では意味のない例が,特に石の名や動物の名を表す字に少なからずある。それは単音節語である中国語に例外的にそれ以上意味のある単位(形態素)に分けることのできない2音節語が存在しているのに,漢字は2音節を1字で表す習慣がないからである。また,漢字の特殊な用法として,中国における漢字による外国の地名・人名の表記にみられるように,その固有の意味をはなれて音の面だけを利用する場合があるし,日本における〈万葉仮名〉などにおける漢字の表音的な用い方も同様である。

〈音節文字syllabic writing〉はかなで代表されるように,個々の字が単語の音の面を音節の単位にまで分析して書き表す。たとえば日本語の〈頭〉という単語は,かなでは〈あたま〉という3字で書かれる。音韻論的には日本語にモーラmora(拍)という単位が認められるので,かなはモーラ文字であるともいわれる。1字はそれぞれ1モーラを表すが1モーラは1字で表されるとはかぎらない。拗音(ようおん)の場合の〈きゃ〉〈きょ〉などのように,2字で表されることがあり,また,/wa/に対する〈わ,は〉,/o/に対する〈お,を〉,/zu/に対する〈ず,づ〉などのように二つの字が同じモーラを表すのに用いられる場合もある。漢字は中国語の表記において1字が1音節を表すから単語文字であると同時に音節文字であるかにみえるが,音節文字は原則として個々の字が直接に意味と結びつかず,〈変体仮名〉のように同じ音節を表す異なる字体が用いられてもその用法が単語ごとに定まることのない自由な変種であるのに,漢字は原則として単語の違いに応じて異なる字が用いられるという点で区別される。

〈音素文字alphabetic writing〉はローマ字で代表され,日本語の〈頭〉という単語がローマ字では〈atama〉と5字で書かれるように,個々の字が単語の音を音素の単位にまで分析して表記する性質をそなえている。単音文字という名が避けられるのは,音声学的に変種の多い数多くの単音を書き分けることはないのが普通で,その表すところがそれぞれの言語における音韻論的最小単位である音素に近いからである。ただしこの1字1音素ということは字の機能についていわれることであって,実際の用字法においてはそれとかけはなれている場合が多い。言語音が変化してしまっても文字表記のほうは固定してそのまま使用される結果,音素と字との照応は乱れる。英語のローマ字表記が好例とされるように,1字がいろいろな音素を表したり,2音素の連続を表したりする一方,1音素に2文字が照応したり,さらには音と照応しない字すなわち黙字もある。

文字のこのような分類も,しかし,すべての文字がそのいずれかに分類しつくされるというわけにはいかない。ハングルは,たとえばsaram(人)を〈〉と書くが,これは〈〉(s),〈〉(a),〈〉(r),〈〉(a),〈〉(m)のように分析され,一つ一つの字が音素と照応する音素文字であるが,字の配列においては音節の単位にまとめられて音節文字的性質をもそなえている。

 インド系の文字をデーバナーガリー文字についてみると,〈〉(ka),〈〉(ta),〈〉(ma),〈〉(ya)などのように子音字はつねに母音aを伴う音節を表す点で音節文字と認められるが,母音字に〈〉(a),〈〉(i),〈〉(u),〈〉(e)のような独立体のほかに〈〉(ā),〈〉(i),〈〉(u),〈〉(e)のような半体があり,〈〉(kā),〈〉(ki),〈〉(ku),〈〉(ke)のような表記がみられるうえに〈〉(kka),〈〉(kta),〈〉(ktya),〈〉(kma),〈〉(kmya)などの結合字によって子音の連続をも書き表すので,音素文字的特性もそなえていることになる。

 また,古代エジプトの文字は,単語文字からやがて音節文字に移っていったが,その構成はきわめて複雑である。そこには,音節文字と単語文字の共存がみられるばかりでなく,漢字のいわゆる〈形声文字〉における義符にも比される種類の表意要素が混在している。子音字だけで転写される音節文字はその連結された形が二つ以上の異なる単語を示しうる場合が多く,そのあいまいさを避けるために表意要素がそえられるのである。

日本の〈かな〉や朝鮮においてかつて用いられた〈吐(と)〉はそれぞれ別個につくられたものであるが,その起源をもとめれば漢字に由来するものであることは明らかである。多種多様の文字も互いに類似する点の多いものがあり,文字史の研究はしだいにその系譜的関係を明らかにしてきた。言語が一元であるか多元であるかの問題が多くの人の興味をひいてきたと同じように,文字の起源が一元であるか否かの問題も研究者の関心の大きな問題であった。結論から先にいえば,言語の起源の問題が解決されていないと同様にまた文字の起源が一元であるか否かも明らかにされていない。

 漢字は古来〈六書(りくしよ)〉と称して象形・指事・形声・会意・転注・仮借(かしや)の6項目でその構造が説明されており,転注と仮借は字の応用に関することで,前4項が構造の原則を示すと一般に考えられている。古くは象形と指事とによるものを〈文〉と呼び,形声と会意とによるものを〈字〉と呼んだことがあったが,象形と指事とによるものがまずつくられたものであって,いずれも絵画的な象形文字に由来する。

 ローマ字は〈ラテン・アルファベットLatin alphabet〉と称せられるように,ラテン民族によってつくりあげられた文字であるが,起源的にはロシア文字などとともにギリシア文字に由来する。ギリシア人はその文字をフェニキアの文字から借りたと信じていた。両者には字形の類似のうえに名称の類似がみられ,ギリシア語におけるアルファ,ベータなどという字母の名称(この名称からアルファベットという語がつくられた)は,ギリシア語では意味がなく,セム語によってはじめて意味をもつ(たとえばセム語族に属するヘブライ語のalephは〈牛〉を意味し,bethは〈家〉を意味する)。したがって,ギリシア文字がセム系のフェニキアの文字を借りたものであるということはほぼ疑いがない。フェニキア文字北西セム文字)は今日地球上に広く行われている文字の多くを派生させたものとして文字史上に大きな位置を占めるものであり,一方ギリシア文字は子音だけを表していたフェニキア文字を借り,そこに母音の表記を発達させた点に画期的な進歩がみとめられる。フェニキア文字は前13世紀にさかのぼる古資料が発見されているが,これを含むセム系の文字が系譜的にどこにつながるかということについてはいろいろむずかしい問題がある(簡単な線の組合せから成る字形の類似は偶然の類似もありうる)が,古代エジプトの象形文字にさかのぼるものであろうというのが通説となっている。

 メソポタミアで前3000年のころから前1世紀ころまでシュメール人からアッカド人にうけつがれて使われていた楔形文字は絵画的な象形文字から変化したものである。そのほかにも,前2000-前1200年にかけてエーゲ海にさかえたクレタ文明が象形文字を残しており,シリア地方出土のヒッタイト文字には楔形文字によるもののほか前1500-前700年と推定される象形文字がみられる。太平洋も南アメリカに近いイースター島で象形文字とおぼしいものが発見されているが,これはいまだに解読されず,あるいは単に呪術(じゆじゆつ)的目的のものにすぎないのではないかと疑われている。

 ともかく,世界の諸文字はその系譜をたどると少数の象形文字に由来するものであることが明らかにされた。したがって,文字が元来記憶のために描かれた絵(絵文字)から発達したものであろうということは当然考えられるところである。問題は絵から文字への発展が1ヵ所で起こり,それがしだいにひろまったのであろうか,あるいはそれぞれ独自に発展をみたのであろうかという点にある。しかし,文字はそれ自体ではこの問題に対する答を与えない。文字はその発達した段階においては字の形とそれによって表されるものとの間に必然的な関係が存在しないので,字の形の類似には系譜的関係の存在の可能性が含まれている。これに反して,文字の原始的段階における象形文字においては,字の形はそれがかたどるものの形との間に必然的な関係があり,字の形の類似は必ずしもただちに系譜的関係の存在の可能性を意味するものとはいえないからである。
象形文字

すでに見たように,文字はある民族から他の民族へと伝わり,あるいは字の形が変わり,あるいは字の性質が変わる。文字は言語を写すものであるから,ある言語の表記には適当であった文字も,構造の異なる他の言語の表記にはそのままで十分であるということはほとんどない。したがって,それぞれの言語に即したくふう・改訂が施され,それぞれ別個の発展をするのである。個々の文字の問題は,そのおもなものについてはそれぞれの項目において述べられているのでそれらの項に譲り,ここでは文字の系譜的関係と変遷を概観するにとどめる。

漢字はそれにつながる漢文化とともに朝鮮,日本に,そしてベトナムに伝えられ,漢字で書かれた漢文はそれぞれの土地で異なる読み方がなされながら共通文字言語の役割を果たしている。一方において,単語文字である漢字がその意味をはなれて音節文字的に利用され,それぞれの言語を表記するようになった。日本の〈万葉仮名〉,朝鮮の〈吏読(りとう)〉がそれである。日本ではさらに万葉仮名の草体から〈ひらがな〉が,またその略体から〈かたかな〉がつくられ,音節文字としてしだいに統一され今日みられる字形をそなえるようになった。朝鮮においても〈吐〉と称せられるかたかなに類似した字形の音節文字を生み,漢文の間に挿入して用いられたが,それは〈ハングル〉の制定・普及によって消滅した。ベトナムにおいては自国語を書き表すために漢字をそのままの形で音だけを借りる(仮借)と同時に,たとえば数詞の〈三〉を意味する単語〈ba〉を表すのに〈巴〉を音符とし〈三〉を義符とする〈〉の字をもってするように主として形声による新しい字をつくり,まれには〈天〉と〈上〉との合成になる会意字〈〉のようなものをまじえて,漢字をさすところの〈チュニョオ〉に対して〈チュノム〉と呼んだ。ベトナム語は中国語と同様に孤立語的・単音節語的構造なので,ここでは漢字と同様に単語文字の段階にとどまった。ただし,この文字は字体が複雑でありローマ字による表記の普及によってしだいに行われなくなった。なお,漢字の影響を強く受けた文字に女真文字西夏文字がある。

 楔形文字は単語文字から音節文字に進んだが,古代ペルシア語を写す楔形文字はさらに音素文字に近づきながら,アラビア文字による表記によってとってかわられた。エジプトの象形文字(エジプト文字)は,単語文字にはじまったが,その字の表す単語の最初の音を表すようになり,数多い字の中からしだいに少数の字が残されるようになったが,(古代)エジプト語は7世紀にアラビア語のために駆逐されてしまった。エジプトの象形文字につながると考えられるセム系の文字は後世の文字の発達に大きく寄与した。セム語とは東部のアッカド語,西部北方系のモアブ語,フェニキア語,ヘブライ語,アラム語,南方系のアラビア語,エチオピア語などからなる言語族に与えられた名称である。バビロニアとアッシリアでは古く楔形文字が行われていたのであるが,この言語は紀元前にアラム語に駆逐された。アラム語はヘブライ語などの多くの言語をも駆逐して,前3世紀から約1000年にわたり近東の公用語・共通文字言語として行われ,アラム文字による表記法はアジアの諸言語の表記法に大きな影響を与えたが,アラビア語のためにその勢力を奪われた。アラビア語はイスラムとともにひろまり,アラビア文字はペルシア,アフガニスタン,インド,マラヤ(マレー)など広範囲に行われ,トルコにおいても1928年にローマ字が採用されるまでアラビア文字が行われていた。エチオピア語はアフリカ東海岸に行われ,その文字は4世紀以来の碑文を残している。エジプトの象形文字はセム語族にとり入れられると,やはり単語のはじめの音節をとって音節文字とされ,さらにギリシア文字ローマ字の音素文字へ発展した。1~2世紀ころにつくられた古代ゲルマン人の文字であるルーン文字(主としてスカンジナビア人やアングロ・サクソン人などに用いられた)やドイツ文字,ロシア文字などもこの系列に入る。また,セム系のアラム文字から派生した古代シリア文字は,縦書きのウイグル文字を生み,モンゴル文字,満州文字(満州語)へと発展する。さらに,インドの文字(インド系文字)もまたセム系文字に由来するものであって,ブラーフミー文字は古代フェニキア文字,モアブ文字に最も近い形から変化し,カローシュティー文字はアラム文字に最も近いとされている。インドでブラーフミー文字は南北両系に分かれ,北方系に属するグプタ文字から悉曇(しつたん)文字がつくられ,同じく北方系のナーガリー文字は上部横線の発達を特徴とし,今日サンスクリットのテキストに用いられている文字は,このナーガリーの転化したもので〈デーバナーガリー文字〉と呼んで,南インドに行われる〈ナンディナーガリー文字〉と区別される。今日も諸種の文字がインドに行われているほか,チベット文字(およびパスパ文字)などがインド文字に由来する一方,東南アジアのタイ,ラオス,クメール(カンボジア),ジャワやモン(およびビルマ(現ミャンマー))などの諸文字が南インド文字の系譜をひき,それぞれ独自の字体を発展させている(〈クメール文字〉〈タイ文字〉〈ビルマ文字〉〈ラオ文字〉などの項参照)。

 このように文字の伝播にはいろいろな場合があり,文字の使用を知らないところに輸入されることもあったし,日本におけるローマ字のようにすでに文字の用いられているところに新たに加わって共存する場合,ペルシアにおけるアラビア文字による楔形文字の駆逐,トルコにおけるローマ字によるアラビア文字の駆逐,ベトナムにおける同じくローマ字による漢字とチュノムの駆逐などの場合があり,一方では言語の消滅とともにその文字の使用の終わることもあったのである。新入の文字に対する在来の文字の抵抗は,その民族における識字層がすでに厚い場合や,文字につながる文化が高度に発達しているような場合には特に強いものがあるといえよう。また,文字が伝えられるのは文化の接触によるのであるが,とりわけ宗教の力は大きな要因となる。アラビア文字はイスラム教とともに広まり,インドの文字も仏教とともに伝えられた。ローマ字もまたキリスト教との関係をみなければならない。ヨーロッパにおける文字の分布はキリスト教の分派のちがいとの関係でながめられているし,東南アジアではイスラム教と仏教とキリスト教の勢力の伸展が,文字の消長の歴史に反映している。

 字体の変化は異民族間の伝播に伴って起こるとは限らず,同一民族内でも生ずる。たとえば漢字は,殷代に亀卜(きぼく)の用に供せられた亀甲や獣骨に刻まれた甲骨文の古風な字体から,殷・周代の銅器に刻まれた金文にみられる大篆(たいてん),秦の始皇帝の頌徳碑に刻まれた石文にみられるような小篆,というように字体の変遷が認められ,秦代の字体の統一を経て,隷(れい)書の発生から草書,楷(かい)書ができ,さらに行書が発達して唐代にその字体の統一が行われた。ここに,字体の変遷の要因の一つとして道具の問題がうかんでくる。草書,楷書のような字体は紙の発明普及と無関係には考えられない。古代エジプトの象形文字が〈神官文字hieratic〉と〈民衆文字demotic〉という草書的字体を生んだのもパピルスの使用と関係がある。楔形文字の生じたのは,材料が石から粘土板にうつり,葦の茎の尖筆でつっこんで線をひくことによったのであり,ルーン文字が直線的なかど張った形をしているのは石,金属,象牙などかたい物質に刻んだためであったといわれる。また,印刷の発達と書写の能率のうえからは活字体と筆写体とが分かれた。さらに字の配列の仕方が字体の変化に影響することのあることはすでにみたとおりである。

 次に,字の性質のうえからみると,単語文字から音節文字へ,そして音素文字へという方向に変化している。しかし,そのことからただちにローマ字のような音素文字が最も進化した最もすぐれた文字であり,漢字のような単語文字は未開の文字であると断定するのは危険である。エジプトやバビロニアでは単語文字はやがて音節文字に変化したのに漢字が単語文字のまま今日に至っているのは,前者が多音節語的言語を表していたのに対して後者の表す言語が単音節語的であったということを無視することはできないであろう。単音節語的特徴をもつ言語における同音異義語の存在は純粋な音節文字あるいは音素文字による表記に困難な問題のあることも考え合わされる。文字の効用は個々の場合についてそれによって表される言語の構造との関係でも評価されなければならない。

 新しい文字の創作はこの問題にも関連がある。西アフリカのバムン文字は20世紀の初めにつくられ,アラビア文字やローマ字の存在を知りながらまったく関係のない文字をつくりあげているばかりでなく,単語文字に出発して音節文字化したという。アメリカ・インディアンチェロキー族は19世紀に文字をつくったが,字体からみるとローマ字の大文字・小文字に似たものが多数みとめられながら,個々の字の音価は(たとえばRは[e]を,Tは[i]を,Yは[gi]を表すというように)ローマ字のそれとはまるで関係のない音節を示すものである。また,中国の南西部の少数民族を教化するために,19世紀の末から線と丸の組合せで新しい音節文字が宣教師によって考案され,効果の著しいものがあることが報告された。このような新しい文字の創作は,また一方において文字史の研究および文字論における新しい観点の導入にも役だった。それらは字体こそ借りていなくても,あるいは同じような字体を用いてもまったく関係なしに用いているのであっても,文字体系の原理は既存の文字の影響を受けているということである。この文字体系の原理の伝播ということがとりあげられたとき,すでに字体の比較だけでは解決することのできない古代の文字の系譜的関係を,その観点から考察しようとする試みがある。ハングルも新字の創作として

     (k)→(k`)

 (n)→(t)→(t`)

 (m)→(p)→(p`)

のような関係から,発音をかたどったものと説明されるのであるが,一方において,字体は異なるがその方形という形のうえの類似からパスパ文字の影響があるとされ,また前述のように音節文字的に配列される点には漢文の影響がみとめられている。
アルファベット →漢字 →仮名

文字の効用はそれぞれの言語に即して考えるべきであるが,一般に単語文字あるいは音節文字では表記することが困難である言語が存在するのに対して,音素文字は,単語文字や音節文字で表記することが便利であるとみとめられる言語をも表記することができる。そこで,文字による表記の習慣のない言語を記述するような場合には,音素文字,その中でも最も広く行われているローマ字によって写すのが普通である。そのローマ字表記がその言語の表記の社会的習慣として定まるまでは,ローマ字の特殊な用法ということができよう。

 すでに文字表記の習慣のある言語についても,それがローマ字以外の文字である場合には幾つかの言語を比較対照する目的などのために固有の文字の代りにローマ字を用いる場合がある。その場合,固有の文字のつづりを離れてその言語の音をローマ字で〈表記〉する場合と,固有の文字のつづりに即してローマ字で〈転写〉(あるいは翻字)する場合とがあり,それぞれ目的に応じて長短がある。表記にあたって音声学的に表記しようとすれば,普通のローマ字では字が不足である。そこで〈音声記号〉が考案されている。それは個々の言語をこえて一般に言語音を表記する目的をもち,その使用者が特定の人々に限られている点で普通にいう文字とは性質が異なる。

 代筆などの場合には相手に書く時間を与えてゆっくり話せば普通の文字で書くことができるが,長い談話が普通の速度で行われると文字で書き写すことが不可能な場合が多い。〈速記文字〉(速記)はそのような談話の筆記のために考案されており,頻度数の高い単語や言い回しに対する記号も用意されている。しかし速記文字は筆記者が記憶のたすけに用い,筆記者によって普通の文字で書き直されるものであり,相手に読まれることを期待しない個人的色彩の強いものであるから文字ではないという意見が強い。

 盲人の用いる〈点字〉は視覚にうったえることができないために,それにかえて触覚にうったえる表記法である。その点で文字の定義からははずれるが,その表記法は,音節文字あるいは音素文字のそれとよく似た点も多い。また,やはり身体障害者である聾啞(ろうあ)者が伝達の手段とする〈身ぶり語=手話(しゆわ)〉は視覚にうったえたものではあるが,文字には入らない。それはその場限りのできごとである点で音声言語に近い。しかし,その身ぶりと表される概念との間にはかなり直接的なつながりがあり,言語や文字のごとき記号の恣意(しい)性から遠いものであるから,別個の研究対象とされる。

 そのほか,文字は言語と同様に宗教的色彩をおびると神秘性が与えられて,まじないに用いられたりする。また言語芸術のうち文字言語は詩や散文の文学作品をつくりあげているが,文字は単にこれを表記するだけでなく,字の配置や選び方などによって字面からの審美性が求められることがある。文字は単に言語を視覚にうったえる方法で表すだけでなく,字の形や配列に装飾的価値が与えられる場合があり,漢字やかなにおいては芸術としての書道を生み出している。

文字に対する関心は古く,その研究の歴史も浅くはない。しかし,その多くは文字史の分野に属する問題であった。中国において漢字の構成に関するすぐれた考察があったが,それも漢字の歴史的変遷につながる問題であった。すでに読むことのできなくなった文字資料の〈解読〉が多くの学者の多大な労力によって続けられてきた。文字の研究は〈碑文学〉としてあるいは〈文献学〉との関連において進められ,世界の過去および現在の文字の個別的研究およびその歴史的研究はしだいに具体的な文字に関する知識を増し,系譜的関係が明らかにされてきた。具体的な資料の収集整理が進むにつれて文字に関する一般理論の解明,すなわち〈文字論〉の確立に対する要請が高まり,従来の言語研究における文字論の軽視が問題とされるようになってきた。複雑な文字使用を行っている日本では,この問題に関心を寄せる研究者も少なくなく,その研究は大きな発展を見せるようになっている。

 なお,個々の文字の形については文中で言及されたそれぞれの項目を参照されたい。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「文字」の意味・わかりやすい解説

文字
もじ

「もんじ」ともいい、言語を点や線の組合せで単位ごとに記号化するもの。

[日下部文夫]

本質

ことばを書きとどめ、それを読み取るには、文字writingがなければならない。文字は、図形記号の一そろいで、読み書きliteracyの基準をつくる表記notationを築く成分である。字characterは、その構成単位。言語は、元来音声記号の時間的配列だが、それを文字で図形記号の空間的配列に置き換える。それが表記であり、言語の保存、移動、再生をデジタルな段階で可能にする。音声言語は、一次元の線なりに延び、来ては去っていく。そのたびに選び取られた記号が前後に連なる音列として現れる。二次元面に線なりの音列そのままに言語を写し出す文字列が表記をつくる。絵が物語を映しても、それは表記ではない。音声言語に対応する文字列が表記である。たとえば、漢数字は、「三万五千八百六十四」のように、個々の言語記号に忠実に向かい合い、音列に沿う文字列を展開する。しかし、アラビア(算用)数字は、音形に向かい合うとも、音列に沿うとも定まらず、したがって文字とはいえない。読み書きは言語活動であり、表記には言語、文字には音韻、文字列には音列が対応する。アラビア数字は、もっぱら数という意味内容を示し、かならずしも音列が対応しない。たとえば、フランス語でいう80quatre-vingts(カトル・ヴァン)(四つ二十)を「八十(八つ十)」としては困るが、80なら、言語を超えて通用する。その一方で、もっぱら音声を示す音声記号は、言語音を追いながら、かえって単位音のデジタルな弁別的性格を崩す。物理的・生理的な現実音にできる限り近づこうとして、記号にアナログ的な連続性を取り込むあまり、弁別(べんべつ)機能をあいまいにするからである。語であれ、音節であれ、音素であれ、音列の構成単位が文字にあてられる。文字は、構文上か形態上か語彙(ごい)上か、いずれかの別こそあれ、言語としての有意の異同に基づいて表記を書き分ける。言語単位をその異同のままに過不足なく忠実になぞって際だたせる。たとえば、現代日本語のハネ音の音価が、たとえ[m][n][ɲ][ŋ][N]などと異なろうとも、文字では「ン」または‘n’としか書かない。その一方で、同音の[jɯ:]でいわれる3語が、「ゆう」または‘yuu’で「(髪を)結う」、「いう」または‘iu’が「(物を)言う」、さらに‘yû’で「(1日の)夕」とそれぞれ異なる語として書き分けられる。なお、句読(くとう)点は、文字を補って、現代の表記をまとめるたいせつな要素である。数字や音声記号とは異なり、言語の単位とその配列に忠実に従っている。文字の単位は字であるが、表記の単位は語から文、さらに句読点を加えて文章に及ぶ。

 文字表記には、その目的によって幾通りかがある。

(1)正書法orthographyは、日常、公私の記述に用いられる制式である。現代日本語の場合は、これに、漢字仮名交じり、仮名専用、ローマ字書きの3種類があるが、漢字の字種と用法には揺れがある。

(2)音韻表記phonological notationは、語形の単位である音素phonemesに対応して記述される。これが正書法の理想像でもある。多くの正書法のうちでハングル(朝鮮文字)などは、これに近い。

(3)転写transcriptionは、外来語音を母語の表記法になじむように表記する方式で、本来便宜的処置である。明治初期「ローマ字会」が子音表記を英語にならった方式をとり、これがJ. C. Hepburn編著の「和英語林集成」の改訂版に採用された。いわゆるヘボン式ローマ字として普及したが、これは、英文むきの転写法にあたる。漢字音による転写は無原則で、諸国の固有名詞の例が多い。

(4)翻字transliterationは、原典の表記文字を別種の文字に置き換え相互交換を可能にする。1989年に国際標準化機構(ISO)が日本語の翻字法として定め、それに先だつ再度の内閣訓令もあり、音韻論的基礎も確かな、いわゆる訓令式ローマ字は、仮名書きからの翻字法である。この普及徹底がおぼつかない現状は、国際情勢および行政上の機構運用にかかわる課題である。なお、点字などもこれに類する。

(5)音標(正音表記)orthoepical notationには中国の'pinyin'または「注音字母」があって、もっぱら語音の標準的発音を示す。国家、国民をまとめる民族語の基盤を整えるのに役だっている。

(6)国際音声記号international phonetic signsは、まったく言語音声の記述研究のために用い、辞書では語音の注記などにも流用されるが、公共一般の言語表記には、かかわらない。文字は暦や秤(はかり)、通貨などとともに、記数法と並ぶ文明の手足であり、本来、多様な民族文化間で流通する文明の基準である。しかし、仮名やハングルは、珍しく孤立している。

[日下部文夫]

類型

文字の類型を追えば、発達史をなぞることになる。まず単語文字から始まり、字母文字に至る。異言語間での借用が文字の発達階梯(かいてい)を進めさせたのは、ヒトにとって文字が巣立って間がないからである。

(1)固まり文字consolidated writing――単語文字logography。字数が多い。造字は、単純な象形(すなわち「文」)や指事か、それらの複合、すなわち会意を基本とし、多くは、義符determinative(部首)と音符phonetic indicator、ときに補足符号phonetic complementsの結合による形声(諧声(かいせい)、すなわち「字」)である。近くは、手へんに扇で「あおぐ」や金へんに雷で「ラジウム」と新造したように、字数に限りがなく、日本では国字、ベトナムでは字喃(チュノム)が加えられた。各字が語か造語成分のいずれかに結び付いているのが単語文字であり、少なくとも語根の数だけの字がそろえられる。(i)1音節型は、中国語のような一音節語根で語形ができている場合で、各字が一定の音節に対応している。しかし、蜻蛉(チンリン)(蜻蜓(チンティン))、駱駝(ルォトゥオ)、葡萄(プウタオ)、玻璃(ブォリー)のような場合は2音節で、2字でつづってこそ意義がまとまる。単語文字が、日本語などで、(ii)多音節型になっているのは、その語形が――音読でも「鉄(てつ)」や「筆(ひつ)」、訓読でも「鉄(くろがね)」や「筆(ふで)」と――多音節で現れるからである。エジプトの聖刻文字hieroglyph、メソポタミアの楔形(くさびがた)文字cuneiformには多音節字がある。しかも、音符としては、頭音法acrophonyによって、1音節字となり、音節文字化さえする。単語文字は、表意字ideogramsと表音字phonogramsとを兼ね備えている。基本の語形が無変化の単音節である中国の漢字を典型とする。

(2)つづり文字concatenate writingに音節文字と字母文字がある。〔a〕音節文字syllabaryには、まず、(i)開音節型。子音プラス母音にあたる字しかない。ときには、日本の仮名のように、子音に好みの母音を補って「ふ(服)」や「イン/イン(ink)」とし、クレタ線文字Bのように、余った子音を見捨てて「パテ (patēr)、マテ (māter)」と表記するのもやむをえない。(ii)開閉型。古代小アジアのヒッタイト楔形文字やペルシア文字には、頭音字(開音節)と脚音字(閉音節)が備わり、それぞれの母音を重ね合わせることがあった。たとえば、ヒッタイトの民族名ハッティは「波圧地(a-aT-Ti)」と記した。音節文字をさらに転用すれば、片仮名のティー、ファイルのように、字母化が芽生える。(iii)子音型。ヘブライやアラビアの文字、フェニキアやアラムの文字のように、子音だけを示す。それらで書くセム諸語は、3子音語根を基本語形とする。子音の拾い書きになるが、文字列に母音を補って読める。たとえば、「KTB(キタブ)(書)」と記す。母音を示す便法は、加点diacritic marksである。この型を字母もどきquasi-alphabetという。(iv)母音符号型。子音字を幹とし、母音符号を上下左右に補う。その実質は、字母化しているといえよう。ただ、子音字をめぐって音節ごとに固まる形からみれば、音節文字である。梵字(ぼんじ)、デーバ・ナーガリ、タイ文字など、インド系諸文字の類である。〔b〕字母文字alphabet。子音字と母音字と同等に自立して、音列のままに並び、忠実な表記を実現する。(i)線状型は、字が音列のままに並ぶ典型的な類。ラテン字母(ローマ字)、モンゴル文字など。(ii)分節型は、音節ごとに固め、音節文字もどきともみえる。ハングル(朝鮮文字)がそれだが、きわめて合理的に設計された字母文字である。

 表記は、音列相当の文字列。原初の渦巻式や行きつ戻りつのブーストロフェドン(牛耕)から始まり、やがて右や左の縦書きか横書きに落ち着く。つまり、行立てが決まり、分かち書き、字体の大小や頭・中・末の別、さらに符号、句読点も生まれた。文字は、その間に、具象から分析抽象(音韻論的恣意(しい))への段階を踏んだ。文字列内の字が音列のなんらかの単位に向かい合うのだが、語に対する単語文字から、ついで、音節に分けて音節文字、その音節をつくる単位音に応ずる字母文字(その1字がletter)へと進む。語を一括するか、つづって示すかの相異はあれ、語に対応する文字列としてみれば、形・音・義を兼ね備えている。熟字訓、仮名遣い、スペリングなど、単語文字、つづり文字のいずれも、語において表記が定まる。

[日下部文夫]

系統

物に託した象徴や、紋章や飾りなどの目印、結び目、刻み目などの覚え、のろし、腕木などの信号、それらが昔から目に訴えてきた。文字は、別に、絵から生まれた。絵の構成部分が文の展開の跡を追って、絵文字pictographyになる。中国の少数民族モソの文字などには、例がある。いちおう、語としての分割がされ、配列さえできても、まだ絵にならない抽象語や文法用語が抜け落ちる。文字はできあがらない。それに、所や人の名を記録する必要もあった。そこで、表音字が登場する。つまり、象形などの字形・字音・字義のうちから字義を捨てて、その字音を借用する法、すなわち「仮借(かしゃ)」が発見された。最古の文字資料として有名な、エジプトのナルメル王のパレットの場合は、「魚(ナル)」と「(道具の)のみ(メル)」の音を借りて王の名を示している。こうした表音法ができて、音列を落ちなく写す「文字」なるものが完成した。また、字音を捨てて、字義を借りる法、「転注」もできている。「楽(がく)」は、本来は鈴の象形だが、音楽の楽しさを借りて「楽(らく)」とし、エジプトでは、南国の草の象形で方角の「南」を表した。字形には、形をなぞる「象形」に「指事」「会意」が加わり、それらを借りた、音符に部首(義符)を添えた「形声(諧声)」によって多くが補われた。まとめて、改めて象形文字とされるが、表音機能が加わらなければ、単語文字の出発はなく、判じ絵rebusにとどまったのである。

 文字の使用は、農耕都市国家の富が蓄積して、分業が進むのに伴い、各種の記帳をつかさどる神職の手元で芽生え、紀元前31世紀ごろ、メソポタミアのシュメール人が文字として仕立て上げた。やがて、粘土板に硬筆でほじり付けて、筆画が楔形になり、楔形文字といわれる。シュメールの「足(ドウ)」は、アッカド語に借用され、音読でドゥ(歩など)、仮名を送ってトゥム(携える)、グブ(立つ)、ギン(行く)を書き分け、トゥムの訓読がアバールゥ、グブの訓がナザーズゥ、ギンの訓がアラークゥ。さらに、ドゥの仮名ともなった。アッカド語の表記では、送り仮名も振り仮名もあった。シュメール文字こそ、系統的に現用の諸文字の源とみなされる。エジプトの聖刻文字では、細長いプールの輪郭が「池Š」だが、そのまま音符にもなった。「池Š」と「水MW」の組合せに暦の部首を添えて「夏ŠMW」という形声字にしている。これらは、漢字の造字法や日本における漢字の用法と似通っている。古代文字は、やがて、いくつかの発達段階を経た子孫を残して、使われなくなった。古代文字には、インドのモヘンジョ・ダーロやメキシコのマヤ、アステカのものもあるが、これらも死んでしまっている。ただ、漢字が、殷(いん)の甲骨文字から引き続いて、単語文字として生きているのは、中国語が無変化単音節を基本語形とする孤立語だからである。漢字音を借りた古代朝鮮の吏吐(りと)を手本として、日本で音節文字(仮名)が生まれている。楔形文字と聖刻文字は、オリエント諸国の交易錯綜(さくそう)のなかで融合して、字母文字もどき(セム文字)に変わった。その一種、アラム文字は、ヘブライ文字やアラビア文字の親となったが、さらに東へインド系文字となって、東南アジアまで及び、またソグドやウイグルを経て、モンゴルと満州(中国東北)の字母文字ともなった。朝鮮のハングル創出の示唆は、インド系のパスパ文字が与えたものと考えられる。西では、セム文字がフェニキアからギリシアに取り入れられて、字母文字、ΑΒΓ(αβγ)に変わった。前9世紀ごろのことである(ギリシア語は、すでに紀元前15世紀にエーゲ海で象形文字や音節文字を経験済みであった)。これが、エトルリアを経てローマ字(ラテン字母)を生み、ブルガリアから始まるキリル字母となって、ロシアに至り、エジプトに渡ってコプト文字となった。

[日下部文夫]

機能

ヒトは、言語とともに生きてきたすえに、ここほんの5、6000年前に、文字を手にした。そこで初めて言語単位を客体としてつかまえた。文字は、いまも人類社会にしみわたりつつあり、変容しつつあり、意識的に操作される新しい文化財として文明を開きつつある。ことばが対人関係の現場から放たれて、記録をもつことになった。主観が客観に移され、歴史時代の扉があき、文明への幕が開かれた。(1)語意識の定着も、音韻単位の抽出も文字表記が呼び覚ました。同時に、識字対非識字および固有文化対文明化の課題が芽生えた。(2)文字以前は情感共有の韻文時代、それ以後に情報集積の散文時代に入った。かつて文化に結晶して生活の場によみがえっていた伝承は、記録となって時代を刻み、個別の事例を跡づける資料となって、文明を築く手段となった。文字は、まず記帳や契約や記念の用具であり、神殿や行事の管理者、暦や倉庫の番人として、書記が生まれるのにつれて育った。神話や英雄譚(たん)は、それまでは歌い継がれて人々の間で理想化していった。しかし、文字記録は、ときには書き手自身に迫るほどの遡及(そきゅう)性があり、個別の時や所や人を記しとどめて跡づけることになった。(3)文字には、記録とともに伝達の働きがあり、ことばを限りない空間と時間に広げ、死んだ言語にも再生の機会を与えた。(4)文字表記は、また、その原本の保存に加え、早くから複製技術を発達させた。個々の筆写から筆耕生の組織、そして、印刷術から今日のコンピュータ・メモリーに至る。いずれにせよ、作者の名もとどめながら、文書・書籍は、独自の社会性を獲得して、読者においてよみがえる。読みは無声化し、やがて内面化する。(5)文献は、統制をもたらし、広い地域をまとめ、時を隔てて、一つの政治・経済のもとに運営する中央集権をたやすくする。漢字は官僚組織を固め、ギリシア文字やローマ字も古代帝国を内から支えた。(6)地縁・血縁に強く結び付いていた民俗信仰が世界宗教に置き換わるときにも、それを推進する用具となった。仏教における梵字や漢字、原始キリスト教とギリシア文字、ローマ正教とラテン字母、ギリシア正教とキリル文字、エジプトのコプト教とコプト文字、イスラム教とアラビア文字。それぞれに強く結び付いている。(7)共同体の習俗・伝承が、文字を媒体として、教育者の指導を仰ぐ学習に譲るようになった。宮廷をめぐる史官や僧による読み書き・算盤(そろばん)の教育から写字生養成に及び、やがて、寺子屋を経て、近代の学校制度につながった。(8)言語は民族文化の基盤である。そのうえに方言の別さえあって、地域性が強い。文字は、文明流布の用具として諸言語の表記に奉仕する国際性をもつ。いくつかの言語の間でもまれながら文字体系は進化を促され、字母文字として結晶する。そこで、語形分析の道が開かれ、言語ごとの独自性に沿う表記が可能になった。いずれの言語、いずこの方言にもそれにふさわしい表記が許されて、民族語の自立が一定の文字表で保証される。(9)聴覚に障害のある人に文字はそのまま有効であり、視覚の障害には、字母で設計された点字が用意されている。書記言語は、健常者と障害者とを結び付ける媒体となって、社会を支えている。

 文字は、かならず公共性をもち、天文、気象、地誌、統計を扱い、戸籍、履歴、辞令、病歴、業績、諸契約から著作、特許に及ぶ登録によって個人を社会的に確認させる。そこには、人権の尊重と抑圧との両面の働きがみられるが、近代的自我は読み書きの普遍化によってしか確立しない。文字にとって、個我の客体化と、時間・空間の超克、多文化包括および語形への消え去らない遡及性こそ本質的な機能といえよう。

[日下部文夫]

運用

文明が広がると、文字を指標に勢力圏ができる。現在、漢文明圏のほか、ギリシア・ラテン圏、アラブ圏、インド圏がある。1980年の識字人口で推測すると、ギリシア・ラテン圏15億2469万、漢字圏11億4387万、インド圏3億2200万、アラブ圏8079万で、別に、日本の仮名が1億を超え、隣国のハングルが5000万、さらにヘブライ文字、アルメニア文字、ジョージア(グルジア)文字、南セムのエチオピア文字のように、1民族または1国に固有の文字の使用がある。それらのなかで仮名には、漢字との混用に特徴があり、ハングルは同じ混用から抜け出そうとしている。

 アラビア文字はイスラム教とともに、ラテン字母は西ヨーロッパ文明とともにある。かつてアラビア文字を借用したトルコ語が、現在、トルコ共和国ではラテン字母、アゼルバイジャン共和国ではキリル字母と、分裂した表記になっている。モンゴル語も、モンゴル国ではキリル字母、中国の内モンゴル自治区では旧来のモンゴル文字と分かれている。勢力圏の対立は文字にあらわである。かつてインド系やアラビアの文字を使ったマレーシアやインドネシア、漢字圏に属していたベトナムも、いまは、ラテン圏に入っている。北朝鮮が漢字混用からハングル専用になり、韓国(大韓民国)も漸進的にハングル専用に移ろうとしている。中国では、固有の文字のない少数民族語も含めて、ラテン字母表記(ピンイン)が活用され、台湾の注音符号と見合っている。フィリピン諸語のラテン字母表記は、以前からだが、いまやミクロネシア諸島をはじめ、オセアニアのラテン字母表記も定着した。国際的には、万国郵便条約や万国信号書や国際標準化機構の諸国語翻字法など、つねにラテン字母を用具としている。理工科方面で、アラビア数字とともに、記号として標準化しているのも、ラテン字母とそれに交じるギリシア字母である。すでにこれらは人類の共有財産となり、現代を支えている。

 なお、日本では文学的伝統や社会的実務などの基本を仮名が下支えしている。

[日下部文夫]

将来

言語langueに対応するのは、表記notationであって、文字ではない。言語の形式的要素が音韻phonemeであり、表記のそれが字形graphemeとしてある字ということになる。字形の組織体系が文字なのである。しかし、文字とその読み書きが、言語ほどには人類普遍のものとなっていない。読み書き能力の差異が多く残されている。正書法の定まっていない民族語もあり、既成の文明圏に物と心の両面から踏みつけられている。文明が、各種の書付や文書など「お達し」の形や教育・養成の組織となって押し寄せる。分節音を使ってことばをやりとりする時代を超え、やがて、だれもが等し並みに読み書きのすべを備えて、世界が一体化する文字文明時代が成ろうとしている。国際連盟で知的協力委員会が始め、第二次世界大戦後にユネスコが引き継いだ識字運動がある。ベトナムのラテン化表記がコックグー(国語)とよばれ、日本でも中国でも、20世紀に入るにあたり、「国語」という呼称が普及し、言語政策が国字問題として論じられてきた。文字の統合・普遍化の潮が東アジアの岸辺を洗っている。今日、日本語は、古代メソポタミアに似た複雑な表記状況にあり、その正書法のなかには、音訓混用の漢字と両種の仮名に加えて、NHKやUターンなどのABCのほかに、算用数字の乱用さえ加え、ときには、仮名専用やローマ字表記をもしなければならない。コンピュータ時代を迎え、アルファベット・キーボードで、ローマ字か仮名を打ち連ねて、漢字仮名交じりを変換処理している。わが国では、昭和初年と戦後の二度にわたる海外からの要請を機会に、ローマ字の制式(訓令式)を定めてある。ところが字母表記はいまだに異物視され、一般に英語準拠の転写法以上にはみられず、英語流(ヘボン式)にこだわって、自立の道を見失い、むしろ国際社会を困惑させている。ちかぢか、この無自覚からの脱却を迫られよう。

 21世紀には、文字が民族や宗教からの象徴性または呪術(じゅじゅつ)性を洗い流して、人類的共同と文化的個性の発揚をともに保証し、それによって全地球との連繋(れんけい)が達せられる。文字はヒトの発達の問題であって、事例と個性の客体化にかかわり、表記は民族語自立の課題であって、文化の開発にかかわる。

[日下部文夫]

『「文字論」(『河野六郎著作集3』所収・1980・平凡社)』『山田俊雄・柴田武・樺島忠夫・野村雅昭著『シンポジウム日本語4 日本語の文字』(1975・学生社)』『西田龍雄編『講座言語5 世界の文字』(1981・大修館書店)』『A・ガウアー著、矢島文夫訳『図解文字の歴史』(1987・原書房)』『白川静著『漢字の世界――中国文化の原点』上下(平凡社・東洋文庫)』『E・キエラ著、板倉勝正訳『粘土に書かれた歴史――メソポタミア文明の話』(1958・岩波書店)』『クジミシチェフ著、深見弾訳『マヤ文字の秘密』(1978・大陸書房)』『F・クルマス著、山下公子訳『言語と国家――言語計画ならびに言語政策の研究』(1987・岩波書店)』『樺島忠夫著『日本の文字』(岩波新書)』『石黒修著『日本人の国語生活』(1951・東京大学出版会)』『樺島忠夫著『日本語はどう変わるか――語彙と文字』(岩波新書)』『小泉保著『日本語の正書法』(1978・大修館書店)』『日下部文夫著「東京語の音節構成」(柴田武編『日本の言語学2 音韻』所収・1979・大修館書店)』『周有光著、橘田広国訳『漢字改革概論』(1985・日本のローマ字社)』

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百科事典マイペディア 「文字」の意味・わかりやすい解説

文字【もじ】

音と意味が結合して特定の言語を表す記号。1字が1語を表す表意文字(たとえば漢字)と,音だけに関連づける表音文字があり,後者はさらに1字1音節の音節文字(たとえば仮名)と,1字が音の要素を表す単音文字(たとえばローマ字)に分かれる。字形には象形文字楔形(くさびがた)文字,方形文字などがある。エジプト象形文字の系統は,セム系のフェニキア文字を経てギリシア文字,ローマ字につながるといわれ,さらにこの二つのアルファベットはキリスト教の普及に伴って近代西欧諸語の文字の基になった。たとえばロシア文字はギリシア文字を範としている。ゲルマン語の最古の碑文を記したルーン文字もローマ字から発展したらしく,ウルフィラスの福音書訳のゴート語文字はギリシア文字を中心に作られている。しかしケルト語のオガム碑文のように起源不明のものもある。象形文字は,エジプト以外にも古代の小アジアからクレタ島にかけて使われていた。楔形文字は,古代のシュメール,アッシリアからヒッタイト帝国,さらには古代ペルシア帝国の王たちの残した大碑文に使われ,一般に音節文字に属する。またセム系のアラビア文字はイスラム教とともにペルシアからインドに及んでいる。しかしインドでもヒンドゥー教徒の用いる文字はアラム系統のものである。日本の仮名文字の発達は漢字文化圏に属している。
→関連項目絵文字言語口承文芸表記

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「文字」の解説

文字(もじ)

視覚を利用して言語や意志を伝達する手段となるものが文字である。文字は音声言語に比べて伝える範囲を拡大できるし,より正確に伝えることができる。さらに時間的制約なしに伝達することが可能である。文字の前段階としてインカ族の間で使われた結縄(けつじょう)文字(キープ)がある。文字の最も古い形は絵文字であり,それから表意文字がつくられた。ついで表音文字が発明されたが,表音文字は音節文字と単音文字(音素文字,アルファベット)の2種類に分けられる。前者は古代バビロニア楔形文字ミケーネの線状文字B,中国の漢字,日本の仮名などであり,後者はセム系文字である。しかしウガリトの楔形文字はじつはアルファベットであったし,古代ペルシアの楔形文字もアルファベット的な機能を有していた。漢字の起源としては,象形,指事,形声,会意,転注,仮借の6書があげられている。アルファベット以外の文字を用いる地方においては,表意文字と表音文字の両者がともに用いられている。セム系アルファベットは,一説にはエジプトの象形文字の系統をひく原カナーン文字あるいは原シナイ文字から発達したものであるともいわれている。なおソグド文字,ウイグル文字,モンゴル文字,グプタ文字,サンスクリット文字,チベット文字などもセム系文字の伝統を継承した文字である。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「文字」の意味・わかりやすい解説

文字
もじ
writing

単語音素のような言語単位に対応し,線的に配列されてその言語を表わすための,視覚的記号の体系。その体系をなすひとつひとつの記号 letter; characterも日本語では文字と呼ばれることが多い。概念や事件などを全体として表わす絵文字は言語単位に対応しないので,厳密な意味では文字でない。文字の対応する言語単位として単語,音節,音素があり,それぞれの文字を表語文字,音節文字,アルファベット (音素文字または単音文字) という。音節文字とアルファベットとを表音文字と呼び,それに対して表語文字を表意文字と呼ぶことがある。歴史的には,表語文字から音節文字が発達し,音節文字からアルファベットへ発展したということができる。非常に多数の文字が過去に用いられ,また現在も用いられているが,系統をたどればごくわずかの源流に帰着する。文字言語は音声言語に対して2次的なものではあるが,文字が語形を替える綴字発音のような現象もある。文明社会の言語生活における文字の役割はきわめて大きく,文字の普及や改革は重大な社会的問題となる。

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旺文社世界史事典 三訂版 「文字」の解説

文字
もじ

意思・思想などを視覚によって伝達する手段となる記号で,表意文字と表音文字に大別される
絵文字から象形文字をへて単記号へ,表意文字から表音文字へと進んだ。エジプトの神聖文字(ヒエログリフ),メソポタミアの楔形 (くさびがた) 文字,中国の甲骨文字・漢字など,古代文明の発祥地の文字はその典型である。こののち,シュメール人によって発明された楔形文字は,バビロニア・アッシリア・ヒッタイト・シリア地方に伝達され,しだいに単純化されつつ土着の言語表記に使用され,ペルシア帝国(アケメネス朝)に至ってほとんど表音文字化した。神聖文字(ヒエログリフ)は神官文字(ヒエラティック)から民衆文字(デモティック)へと略字体化したが,一国にとどまり,他のオリエント諸国との相互伝達には楔形文字を使った。クレタ−ミケーネ文明の線文字の場合,ほとんど記号化・表音化されている。シリアでは前2000年紀後半にフェニキア文字・ウガリット文字・アラム文字がアルファベット化され,フェニキア文字はギリシア−アルファベットの母体,アラム文字はパルティアをへて突厥 (とつけつ) 文字・ソグド文字・ウイグル文字など東方文字の母形となった。漢字は中国周辺諸国で長く使用され,日本ではこれを簡略・表音文字化した「かな」が生まれた。

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普及版 字通 「文字」の読み・字形・画数・意味

【文字】もんじ・もじ

ことばをしるす記号。中国ではいわゆる漢字。漢・許慎〔説文解字の叙〕倉頡(さうけつ)の初めて書を作るや、(けだ)しに依り形に象る。故に之れをと謂ふ。其の後形聲相ひす。ち之れを字と謂ふ。

字通「文」の項目を見る

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ASCII.jpデジタル用語辞典 「文字」の解説

文字

かなや英数字などのこと。キャラクターとも呼ばれる。多くのコンピューターでは、ANK文字は1バイト、漢字やかなは2バイトのデータで表される。

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世界大百科事典(旧版)内の文字の言及

【言語】より

…したがって,言語は人間の認識やその発展である思考を支え,補助できる力を本来的に有しているのである。
【音声言語と文字言語】
 以上は,いわゆる〈音声言語〉について述べたものだが,このほかに〈文字言語〉を有する社会がある。文字言語は,本質的には,音声言語の補助手段として成立し,音声言語に依拠して存在してきたものであるが,音声言語の方はそのあらわれ(発話)がすぐ消え去ってしまうのに対し,文字言語のあらわれは長く(あるいは永久的に)残るという特色を有するため,人間社会にとって音声言語にはない重要な意味をもっている。…

【表意文字】より

…絵文字が発展して象形文字になり,ついで1字形が言葉の一つの概念あるいは一つの意味単位に対応する段階になって,表意文字は成立した。漢字は代表的な表意文字であるが,多くの場合1字形が1単語を表記するため,表語文字logogramとも呼ばれる。…

【表音文字】より

…言葉を音声面と関連づけて表記する文字をいい,表意文字に対する。単音ごとに表記する単音文字と音節単位で表記する音節文字に分類できる。…

※「文字」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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