大谷尻遺跡(読み)おおたにじりいせき

日本歴史地名大系 「大谷尻遺跡」の解説

大谷尻遺跡
おおたにじりいせき

[現在地名]三野町勢力

東三好ひがしみよし橋の北東約一・五キロにある段丘上の独立丘陵、標高一三五―一四五メートルの頂部にある弥生時代の高地性集落。平地部との比高約五〇メートルを測る。古くから弥生土器石鏃が採集され、山頂部から一メートル下がった地点に屋形やかた神社がある。中世山城屋形山やかたやま城跡として知られたが、昭和四五年(一九七〇)には高地性集落として紹介された。西接する段丘には弥生中期の集落跡である丸山まるやま遺跡、南東の平地部には弥生後期から終末期の集落跡である加茂野宮かものみや遺跡がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

冬に 4日間暖かい日が続くと 3日間寒い日が続き,また暖かい日が訪れるというように,7日の周期で寒暖が繰り返されることをいう。朝鮮半島や中国北東部の冬に典型的な気象現象で,日本でもみられる。冬のシベリ...

三寒四温の用語解説を読む