日本歴史地名大系 「丸山遺跡」の解説
丸山遺跡
まるやまいせき
丸山遺跡
まるやまいせき
丸山遺跡
まるやまいせき
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
久保泉(くぼいずみ)丸山遺跡ともいう。佐賀県佐賀市久保泉町川久保の脊振(せふり)山地南麓(ろく)に派生する通称丸山の舌状の小丘陵上に位置する、縄文時代晩期から弥生(やよい)時代前期にかけての支石墓群と、5世紀から6世紀前半にかけての円墳群からなる遺跡である。1976年(昭和51)佐賀県教育委員会が九州横断自動車道路建設のための事前の発掘調査を実施した。支石墓は約160基あり、副葬された縄文晩期の壺(つぼ)に籾(もみ)の圧痕(あっこん)が認められ、初期稲作と朝鮮半島渡来系の支石墓との関係が明らかとなり、稲作の源流の研究上注目された。
古墳は九基あり、内部構造が竪穴(たてあな)式石室、横穴式石室、石棺系石室、船形石棺と変化に富んでいる。船形石棺は阿蘇(あそ)の凝灰岩で、福岡県八女(やめ)の矢部川流域から招来されたもので、佐賀平野では佐賀市・佐賀郡域に分布が限られ特殊な位置を占めている。1983年日本最初の遺跡の全面移設がなされ、現在、佐賀市金立(きんりゅう)町の自然公園内に野外博物館として活用されている。
[高島忠平]
…佐賀市久保泉にある縄文時代晩期から弥生時代前期にかけての支石墓を中心とした埋葬跡と5~6世紀の古墳群とからなる複合遺跡。丸山遺跡ともいう。脊振山地の南麓に派生する標高38m,面積約3000m2の小丘陵にあって,支石墓は約150基あり,遺体を入れる内部施設は土壙や甕棺で,縄文時代晩期後半(山の寺式土器)~弥生時代前期の小型の壺,甕,高杯,鉢が副葬されている。…
※「丸山遺跡」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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