大谷石器製作遺跡(読み)おおたにせつきせいさくいせき

日本歴史地名大系 「大谷石器製作遺跡」の解説

大谷石器製作遺跡
おおたにせつきせいさくいせき

[現在地名]玉東町原倉 荒強当

さんノ岳の北斜面にある縄文後期・晩期の打製石器製作遺跡。昭和四六年(一九七一)営林署の造林工事の際に多量の石器の半製品や剥片出土。大谷とよばれる北に開いた浅く長い谷には安山岩の大岩が点在し、削られた林道土手にはたたき割った石材片が厚く堆積している。植林されているため正式調査も行われず遺跡の広がりは不明であるが、少なくとも南北約四〇〇メートル・東西一〇〇メートルの谷の全面に広がるものと推定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む