大跡村(読み)おおあとむら

日本歴史地名大系 「大跡村」の解説

大跡村
おおあとむら

[現在地名]養老町大跡

飯木(はんのき)村の東、金草(かなくさ)川右岸の南方にある。東は下笠(しもがさ)村。応永一〇年(一四〇三)二月二八日の足利義満袖判御教書案(佐々木文書)に「多藝庄内大跡」とみえ、当地などが佐々木民部少輔高光の知行地で、諸公事・臨時課役などが免除され、守護使不入の地とされている。長享二年(一四八八)四月二五日の室町幕府奉行人連署奉書案(同文書)には大跡郷とあり、佐々木大膳大夫(京極政経)の知行であったが、当地などへの守護の押妨があったらしく、それをとどめるために奉行人奉書が出されたことが知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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