コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

京極政経 きょうごく まさつね

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

京極政経 きょうごく-まさつね

1453-1502 室町-戦国時代の武将。
享徳2年生まれ。京極持清(もちきよ)の3男。文明3年家督をつぎ,出雲(いずも),隠岐(おき),飛騨(ひだ),近江(おうみ)の守護となるが,家督相続をめぐって,兄政光,甥(おい)高清と抗争をくりかえした(文明の内訌(ないこう))。文亀(ぶんき)2年10月23日死去。50歳。初名は政高。通称は六郎。

出典|講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

京極政経

没年:永正5.10.25(1508.11.17)
生年:享徳2(1453)
室町時代の守護大名。持清の第2子。初名は政高。兄勝秀が早世したため,その子孫童子の後見役となったが,孫童子も幼少にて亡くなったため,京極家12代の家督を継ぐこととなった。父持清はその卓越した政治力をいかんなく発揮し,これによって京極家は隆盛をみたが,政経の代になると一族の内訌は頂点に達した。特に兄勝秀の第2子高清(秀綱)との確執と重臣多賀氏の分裂は,折からの応仁の乱(1467~77)にあって,同家が東西両軍に分かれて争う原因となった。京極家の凋落は,家臣浅井氏の台頭を許すことになり,隠岐,飛騨とともに守護を務めていた出雲では,一族の守護代尼子氏の台頭をも許すこととなった。<参考文献>『東浅井郡志』1巻

(宇野日出生)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

京極政経の関連キーワード尼子経久富田城跡出雲国在国衆

今日のキーワード

俳句甲子園

1998年から松山市で開かれる全国高等学校俳句選手権大会。高校生が5人1組で句の優劣をディベートで競い合う。チームでの勝敗とは別に、個人の最優秀句も選ぶ。今年は過去最多の41都道府県から121校、15...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android