大迫山古墳群(読み)おおさこやまこふんぐん

日本歴史地名大系 「大迫山古墳群」の解説

大迫山古墳群
おおさこやまこふんぐん

[現在地名]庄原市東城町川東 大迫山

東城とうじよう川の東岸、東城町の中心部および平野を一望することができる丘陵尾根の先端部に位置している。県指定史跡。古墳群は前方後円墳(一号墳)と円墳(二号墳)の各一基で構成されている。

中心となる一号墳は、後円部頂部が標高三九七メートル、前方部頂部が三九八メートルで、東城の平野との比高はおよそ八〇メートルである。昭和六一年(一九八六)から六三年にかけて、広島大学によって調査が行われている。墳長四五・五メートル、後円部の径二五メートル、同高さ五メートル、前方部長さ二〇メートル、同幅一七メートル、同高さ二メートルの規模で、後円部と前方部の頂部にそれぞれ広い平坦面をもっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む