デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大須賀康高」の解説 大須賀康高 おおすが-やすたか 1527-1589 戦国-織豊時代の武将。大永(たいえい)7年生まれ。徳川家康につかえ,遠江(とおとうみ)(静岡県)馬伏塚(まむしづか)城,横須賀城主となり,武田勝頼軍とたたかう。天正(てんしょう)12年長久手(ながくて)の戦いで先鋒をつとめ,三好(豊臣)秀次軍をやぶった。天正17年6月23日死去。63歳。通称は五郎左衛門。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by
世界大百科事典(旧版)内の大須賀康高の言及 【大須賀[町]】より …1956年横須賀町と大淵村が合体,大須賀町となった。中心の横須賀は,天正年間(1573‐92)に大須賀康高が横須賀城を築城して以来の城下町で,1682年(天和2)西尾氏が2万5000石(のち3万5000石)で入城し,明治維新を迎えた。1707年(宝永4)の大地震で隆起するまで港もあり,交易の地としても栄えた。… ※「大須賀康高」について言及している用語解説の一部を掲載しています。 出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」 Sponserd by