天寧寺跡(読み)てんねいじあと

日本歴史地名大系 「天寧寺跡」の解説

天寧寺跡
てんねいじあと

[現在地名]八百津町八百津

細目(ほそめ)に拠った土岐今峰氏が永和四年(一三七八)空谷明応を招いて創建したという。応仁の乱を避けて美濃へ来た万里集九は、鵜沼(うぬま)(現各務原市)に居を構える前に天寧寺を訪れ、多くの詩文を残した(梅花無尽蔵)。同じ頃京都相国(しようこく)寺常徳院妙厳軒の雪庵澄郢も乱を避けて当寺に身を寄せ、寺内に妙厳軒を創建して当寺で没した。米田(よねだ)庄に隠居して永正一六年(一五一九)に没した守護土岐政房の一周忌が翌年当寺で盛大に執行された。大仙(だいせん)寺三世功甫玄勲も招かれて出席している(「梅北集」大仙寺蔵)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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