天屋村(読み)てんやむら

日本歴史地名大系 「天屋村」の解説

天屋村
てんやむら

[現在地名]会津坂下町束松たばねまつ

西は束松峠に連なる山地に接する山間にあり、北は杉山すぎやま村、東は片門かたかど村。南は越後街道を挟んで本名ほんな村と一街村のようで、ともに間の宿で、越後街道束松峠の登り口にあたる。もとは北方五町にあったがいつの頃か現在地に移ったという。かつては満田村と称したが、永正年中(一五〇四―二一)天屋村と改めたと伝える(新編会津風土記)。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録に天屋とあり、高一三五石余。貞享二年(一六八五)の「野沢組風俗改帳」によれば、薪を伐って坂下村へ売り、また鎮守諏訪大明神のいましめで胡麻・牛蒡を作らないという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む