天山杣(読み)あまやまのそま

日本歴史地名大系 「天山杣」の解説

天山杣
あまやまのそま

近世の上有市(かみありち)・下有市両村一帯から木津(きづ)川上流の南大河原(みなみおおかわら)村・北大河原村(現南山城村)にかけての山地に比定される南都興福寺領の杣。寛平八年(八九六)四月二日付太政官符(類聚三代格)に「応停止諸寺称採材山四至切勘居住百姓事」として、

<資料は省略されています>

とみえ、当地辺一帯の山は東大寺・元興(がんごう)寺・大安(だいあん)寺・興福寺(現奈良市)等の杣であったことが知られ、興福寺領分を天山杣とよんだものと思われる。なおこの官符は元興寺が仁和年間(八八五―八八九)以来、寺領内の住人から地子を徴収するようになり、興福寺もならったため、これを禁止したものである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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