天底村(読み)あみすくむら

日本歴史地名大系 「天底村」の解説

天底村
あみすくむら

[現在地名]今帰仁天底あめそこ渡喜仁ときじん呉我山ごがやま

寒水かんすい村・玉城たもーし村の東、北流する大井おおい川の右岸に位置し、北東は勢理客じつちやく村、南は湧川わくがー村。天底は方音でアミスとも発音する。当村は古くは現在地の南方、現本部もとぶ伊豆味いずみ東部の山間にあって本部むとうぶ間切に属していたが、尚敬王七年(一七一九)に現在地に移転、今帰仁なちじん間切のうちとなった(球陽)。琉球国高究帳には「あめそこ村」とみえ、高頭二一石余(うち田一三石余・畠八石余)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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