天正寺町(読み)てんしようじまち

日本歴史地名大系 「天正寺町」の解説

天正寺町
てんしようじまち

[現在地名]酒田市一番町いちばんちよう相生町あいおいちよう一丁目

はま町と荒瀬あらせ町の北に位置し、東西に延びる両側町で、東は新井田にいだ川。天正寺の門前町米屋町組に属する。明暦二年(一六五六)の酒田町絵図(大泉叢誌)では浜町分として浜町竪町三三町が載る。御用留帳(野附文書)によると、浜町分として米屋こめや町浜町とも称したが、寛政元年(一七八九)には町名がみえる。荒瀬郷、観音寺かんのんじ(現飽海郡八幡町)方面の出入口であったため商人が多く、「東講商人鑑」に天正寺太物古手所、浜町天正寺前太物古手所が載る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

「歓喜の歌」の合唱で知られ、聴力をほぼ失ったベートーベンが晩年に完成させた最後の交響曲。第4楽章にある合唱は人生の苦悩と喜び、全人類の兄弟愛をたたえたシラーの詩が基で欧州連合(EU)の歌にも指定され...

ベートーベンの「第九」の用語解説を読む