天王前(読み)てんのうまえ

日本歴史地名大系 「天王前」の解説

天王前
てんのうまえ

[現在地名]鶴岡市大東町(だいとうまち)・昭和町(しようわまち)

五日(いつか)町片(かた)町から南に入る天王小路(てんのうこうじ)西側にある天王社(しや)(現八坂神社)南側に位置する東西に続く給人地。西は三日(みつか)町。三日町裏石原平右衛門の屋敷が召上げられ、御扶持人五軒に与えられたのが始まりとされる。「大泉掌故」は延宝六年(一六七八)および天和年中(一六八一―八四)の城下絵図では石原氏の屋敷が描かれ当町に入る小路がないから、おそらく給人地としての始まりは元禄年間(一六八八―一七〇四)であろうとしている。元禄九年の城下大絵図では御徒屋敷・藩御用屋敷がある。享保六年(一七二一)旧萱役人御用屋敷跡に代屋が設置された(「紀綱志」閑散文庫)。明治一三年(一八八〇)八坂(やさか)町に合併。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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