天竺堂村(読み)てんじくどうむら

日本歴史地名大系 「天竺堂村」の解説

天竺堂村
てんじくどうむら

[現在地名]西川町天竺堂

西川右岸の自然堤防上の村落。県道新潟―巻線を挟んでほぼ東西に細長く集落が形成される。西端に位置する諏訪神社を中心とする砂質の微高地が字漕上(こぎあが)りで、この畑地から平安期の土師器片が出土している。天正五年(一五七七)の三条衆給分帳(市川浩一郎氏蔵)に「名塚分」として「間堀村」「漆山」(現巻町)、「押付村」とともに「てんちくと村」がみえる。元和四年(一六一八)長岡藩領となり、同年の長岡藩知行目録には三一一石六斗余、天竺堂村とあり、蒲原組に属した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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