押付村(読み)おしつけむら

日本歴史地名大系 「押付村」の解説

押付村
おしつけむら

[現在地名]西川町押付

西川の自然堤防上の村落で、北方は籏屋(はたや)村と接し、南および西は矢島村(やじまむら)古新田に接する。東方に耕地が広がり、遠藤(えんどう)村(現潟東村)と早通(はやどおり)川(現新川)をもって境とする。天正五年(一五七七)の三条衆給分帳(市川浩一郎氏蔵)に、「名塚分」として「間堀村」「漆山」(現巻町)、「てんちくと村」とともに村名がみえる。元和四年(一六一八)の長岡藩知行目録には高四三二石九斗余とあり、以後同藩領となる。


押付村
おしつけむら

[現在地名]長島町押付

木曾川西岸にあり、長島城下の東北にあたり、南は殿名(とのめ)村に接する。「長島古今図考」所載の江戸時代初期の長島古絵図には当村と殿名村とで一曲輪を形成している。字城の腰(しろのこし)には押付砦跡がある。長島城主伊藤重晴の三砦の一で、伊藤蔵人がここに拠った。「信長公記」天正二年(一五七四)七月一五日条には「長嶋の東推付の郷陣取衆」として市橋九郎右衛門そのほかの名がみえる。

落城後民家の多くは長島町屋に居を移し、過半は亡失した。町屋は土地は又木(またぎ)村の内にあるが屋帳は押付村の郷村となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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