太安万侶墓誌(読み)おおのやすまろぼし

日本大百科全書(ニッポニカ) 「太安万侶墓誌」の意味・わかりやすい解説

太安万侶墓誌
おおのやすまろぼし

古事記』の撰者(せんじゃ)として著名な太安万侶太安麻呂)の墓誌。1979年(昭和54)1月、奈良市此瀬(このせ)町の丘陵南斜面に営まれた火葬墓から出土。墓は方形の土壙(どこう)をうがち、火葬骨を納める木櫃(きびつ)を木炭槨(かく)で包む構造で、墓誌は木櫃の下から発見された。墓誌は短冊(たんざく)形(縦29.1センチメートル、横6.1センチメートル)の薄い銅板で、表面に2行41字の銘文を刻む。銘文により、安万侶が平城京左京四条四坊に居住したこと、養老(ようろう)7年(723)7月6日に没したことなどが知られる。

[大脇 潔]

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