太平興国寺(読み)たいへいこうこくじ

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

太平興国寺
たいへいこうこくじ

中国、河南省開封にあった寺。宋(そう)の太宗(たいそう)が977年(太平興国2)に重建、太祖の像を安置した。寺の西方に訳経院(のち伝法院と改む)を建て、インドより来朝した天息災(てんそくさい)、施護(せご)、法天(ほうてん)などが訳経に従事した。神宗の代1072年(煕寧5)には、日本の成尋(じょうじん)、頼縁(らいえん)、快宗(かいそう)らが訪れ、月称(げっしょう)、慧賢(えけん)、慧詢(えじゅん)、定照(じょうしょう)などに謁している。当時の寺のようすは成尋著『参天台五台山記(さんてんだいごだいさんき)』に詳しい。徽宗(きそう)の1119年(宣和1)に破却され、その後のことは不明。そのほかにも全国に同名の寺が多くあるが、それは978年に勅して天下の無名の寺に寺額を下賜し、太平興国寺と称したからである。なかでも有名なのは江西省袁州(えんしゅう)、山西省翼城県、五台山の太平興国寺である。また、江蘇(こうそ)省鐘山(しょうざん)の太平興国寺は、梁(りょう)代の名刹(めいさつ)の開善寺を980年にこの寺名に改めたもので、明(みん)代に太祖の孝陵(こうりょう)を築くために東方に移し、霊谷寺(れいこくじ)と改めた。[池田魯參]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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