太祖(読み)たいそ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「太祖」の解説

太祖
たいそ

(1) Patriarchs カトリックの用語としては,旧約聖書に記される人類の始祖たち,すなわち,大洪水以前のアダムからノアまでの 10人をさすが,より狭義にはイスラエルの始祖である族長たち,すなわち,アブラハムイサクヤコブ,およびヤコブの 12人の子に用いられる。なお原語は主要司教座司教称号に用いられるが,その場合は,総大司教 (総司教) と訳される。 (2) 初代帝王王朝の始祖。中国,朝鮮ベトナムで用いる。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)「太祖」の解説

太祖
たいそ

中国前近代の廟号(びょうごう)の一つ。始祖の意であり、創業の君主を称する。北宋(ほくそう)の趙匡胤(ちょうきょういん)、明(みん)の朱元璋(しゅげんしょう)らが有名。かならずしも王朝の初代に限らず、たとえば三国魏(ぎ)は曹操(そうそう)を太祖にあてている。

[尾形 勇]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典 第2版「太祖」の解説

たいそ【太祖 Tài zǔ】

927‐976
中国,宋朝を開創した皇帝。,名は匡胤(きよういん)。涿(たく)郡(河北省)の人。五代の武人趙弘殷の次子として洛陽の軍営で生まれた。後周世宗に重用され,禁軍(親衛隊)の総司令官である殿前都点検になった。959年(顕徳6),世宗が没して,わずか7歳の恭帝が後をついだが,それを不満とする禁軍将兵たちは,翌年正月,趙匡胤を皇帝に擁立した。彼は即位して国号を宋と定め,世宗が始めた中国統一の事業をひきつぎ,江南に割拠していた荆南,楚,南漢,後,南唐をつぎつぎに征服して,唐末以来の分裂状態にほぼ終止符を打った。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

今日のキーワード

筍梅雨

《伊勢・伊豆地方の船乗りの言葉から》たけのこの出る陰暦4、5月ごろに吹く南東風のこと。湿気が多く、雨を伴うことが多い。筍流し。《季 夏》...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android