太間町(読み)たいまちよう

日本歴史地名大系 「太間町」の解説

太間町
たいまちよう

[現在地名]大津市中央(ちゆうおう)二丁目

柳(やなぎ)町の東に続く中(なか)町通の両側町。天正一四年(一五八六)頃の大津築城に伴い坂本から移転したとされるが、「大津珍重記」には慶長五年(一六〇〇)以後とする。「輿地志略」には絶間町とあり、今も坂本にその跡があるという。町は大津城の推定域の外堀東方に位置する。元禄八年町絵図に町名がみえ、家数三七、町の南側中央に番屋がある。天保七年(一八三六)一二月の五日間、粥施行が行われている(県立図書館所蔵文書)。同九年改の年中行事定書(太間町共有文書)によれば、毎年五月・九月・一一月の各一六日にある伊勢講の寄合と別に一月一五日に伊勢講日待を行い、一年間の吉凶を占ったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ガラス管球内に入れた高抵抗線に電流を流し,ジュール熱によって高温となり放射する光を利用するもの。抵抗線としてはタングステンが用いられ,その蒸発を防ぐためアルゴンおよび窒素ガスが管内に約 0.7気圧封入...

白熱電球の用語解説を読む