奥屋村(読み)おくやむら

日本歴史地名大系 「奥屋村」の解説

奥屋村
おくやむら

[現在地名]東広島市志和しわ町奥屋

志和盆地南奥に位置する。北は別府べふ村、東はかむり村。南は八世以やせい(四九五・二メートル)など五〇〇メートル級の山を境に安芸郡上瀬野かみせの(現広島市安芸区)に接し、西も同程度の山がそびえ高宮郡狩留家かるが(現広島市安佐北区)に接する。上瀬野村へはやま峠から下る道が通じていた。

大永五年(一五二五)八月七日付天野興定合戦手負注文(天野毛利文書)に「芸州志芳庄奥屋矢戦大永五 八 六之時、興定郎徒被疵人数注文」とあり、尼子氏と結ぶ武田氏が志和盆地に兵を送った際、興定らの大内軍がこれを迎撃している。天文二〇年(一五五一)には天野隆綱が家臣阿野四郎次郎に奥屋内の一五貫文の地を宛行っているが(「閥閲録」所収渡辺与一左衛門家文書)、まもなく当地は南隣世能荒山せのあらやま(現広島市安芸区)阿曾沼氏占拠するところとなった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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