奥田路村(読み)おくとうじむら

日本歴史地名大系 「奥田路村」の解説

奥田路村
おくとうじむら

[現在地名]朝来町田路とうじ

口田路くちとうじ村の西、田路川最上流域の山間を占める。集落は同川に沿って点在し、西方笠杉かさすぎ(一〇三二・一メートル)などを境に播磨国宍粟郡。地内最奥地、笠杉山東麓には中世の田路城跡がある。寛永一六年(一六三九)の知高帳に村名がみえ、高一五六石余、宝暦七年(一七五七)の但馬国高一紙では高一五七石余。正徳三年(一七一三)の高一〇四石余、年貢六四石余、租率六割二分四厘。明治八年(一八七五)口田路村と合併して田路村となる。地内の中央に氏神一の宮いちのみや神社と臨済宗妙心寺派祥雲しよううん寺がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

苦肉の策

敵を欺くために、自分の身や味方を苦しめてまで行うはかりごと。また、苦しまぎれに考え出した手立て。苦肉の謀はかりごと。「苦肉の策を講じる」...

苦肉の策の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android