奥野々別所村(読み)おくののべつしよむら

日本歴史地名大系 「奥野々別所村」の解説

奥野々別所村
おくののべつしよむら

[現在地名]南条町上別所かみべつしよ

日野川の支流奥野々川の中流に位置する山間村。西(奥野々川上流)は奥野々村、東(同下流)鯖波さばなみ村。慶長一一年(一六〇六)頃の越前国絵図に「別所村」とみえる。正保郷帳によれば田方二二二石余・畠方一〇八石余。元禄郷帳以降「奥野々別所村」と記される。東隣の鯖波村の北に当村の枝村があった。福井藩領。

「越前国城蹟考」に「茶磨山城跡 新田義貞 奥野々別所村ヨリ八町計卯辰方山上ニ東西六間南北十間計之所其外堀切之形有」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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