妻之島(読み)つまのしま

日本歴史地名大系 「妻之島」の解説

妻之島
つまのしま

[現在地名]石田町印通寺浦

印通寺いんどうじ浦の口に位置し、この浦の天然の防波堤となっている。石田村枝郷。慶長九年(一六〇四)の平戸領惣目録に妻之島とみえ、高二石余。明暦二年(一六五六)の田方帳抜書では石田村のうちに妻ヶ島免と記される。「壱岐国続風土記」には記載がなく、石田村のうちと考えられる。「壱岐名勝図誌」に石田村に属するとあり、同書の印通寺浦湊口眺望図では島の沖に妻島が描かれる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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