姫谷遺跡(読み)ひめたにいせき

日本歴史地名大系 「姫谷遺跡」の解説

姫谷遺跡
ひめたにいせき

[現在地名]日高町庄境 西尾東ほか

円山(まるやま)川の支流稲葉(いなんば)川によって形成された標高約二八メートルの沖積地に立地。遺物の分布は東西約一二〇メートル・南北約一〇〇メートルにおよぶ。出土遺物の大半は奈良―平安時代で、縄文時代の遺物は状耳飾のみである。昭和五三年(一九七八)に、圃場整備事業の工事中に発見され、掘削中の土層確認が行われた。遺物は遺跡の南東端で発見された多量の木製品(人形・斎串・馬形・鳥形その他)、遺跡西端部の山麓部に近い地点で採集された状耳飾が注目される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む