婦美村(読み)ふみむら

日本歴史地名大系 「婦美村」の解説

婦美村
ふみむら

[現在地名]積丹郡積丹町大字婦美町

明治初年(同二年八月―同六年の間)から同三五年(一九〇二)まで存続した村。船澗ふなま村の北西にあり、東部にビヤノ岬、北部にマッカ岬がある。もとはフンヘモエとよばれたコタンがあり、シャコタン場所とビクニ場所の境であった時期がある(場所境調書)。ほかレフントマリや、交通の要所ホリカシャコタンなどがあった。明治六年の「後志国地誌提要」に婦美村とみえ、戸数九・人口四〇、寄留戸数一三、人口一三二(うち男一二〇)、稲荷社(安政元年勧請)、三半船九・保津船二一・川崎船九・磯船二四。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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