媒島(読み)なこうどじま

日本歴史地名大系 「媒島」の解説

媒島
なこうどじま

聟(むこ)島の南にあって面積は一・三七平方キロ。明治二一年(一八八八)に一戸・二人が移住、同三二年父(ちち)島からのボートによる定期航路が開かれた。同三六年の更正時には四戸・一四人であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 強制疎開

世界大百科事典(旧版)内の媒島の言及

【聟島列島】より

…父島列島,母島列島とともに小笠原群島とも呼ばれる。聟島,媒(なこうど)島,嫁島と北之島,針之岩など多数の岩塔からなる列島で,総面積は約7km2と3列島中最も狭く,高度も低い。ケーター島とも呼ばれる最大の聟島は最高所が88m,台地状の平たん面をもつ島で,1882年ころから西岸の南浜に数戸が定住し,サトウキビ栽培やヤギ,牛の放牧が行われた。…

※「媒島」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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