翻訳|boat
本来は小さい舟のこと。しかしフェリーボートとかUボートなど,かなり広い意味にも使う。日本語としては西洋型の小舟を意味する。そして公園の貸しボートや競技用のエイト,フォア,スカルなどオールでこぐスポーツないし娯楽用のものを指すことが多い。エイトとフォアはそれぞれ8人と4人が1本ずつオールをこぐが,スカルは1人で両玄2本のオールをこぐ。いずれも超軽量の船体,前後に滑動する座席,張り出したオール受座を使い,飛ぶように水面を滑る高性能を誇る。
執筆者:野本 謙作
ボートをこいで争う競技はボートレースboat raceともいうが,英語では総称的にrowingを使うことが多い。日本では漕艇ともいう。カヌーは含めない。オールを左右2本持って1人でこぐスカルscull方式を区別するときはスカリングという。こぎ手はオアズマンoarsmanといい,スカルの場合はスカラーscullerである。ボートやヨットの競技会をレガッタregattaと呼ぶことがあるのは,ベネチアのゴンドラによる〈競争〉のなごりである。
古代エジプトにもオールでこぐ船が存在し,ギリシア・ローマ時代にはガレー船もつくられたが,スポーツとしての記録はウェルギリウスの《アエネーイス》にうたわれたアエネアス主催のボートレースが最初である。近代のレースは16~17世紀イギリスのテムズ川で,貴族にやとわれている職業的な漕手たちが行った〈こぎくらべ〉に始まり,1716年には喜劇俳優ダゲットThomas Doggett(?-1721)がジョージ1世の即位を記念してロンドン橋~チェルシー間のレースを創設したことが知られる。賞品(代金)として銀の紋章(バッジ)をつけたオレンジ色の服(コート)が贈られ,これは現在も〈ダゲッツ・コート・アンド・バッジ・レースDoggett's Coat and Badge race〉としてシングルスカルで行われている。しかし本格的にテムズ川レガッタといわれるものは1768年あるいは75年を最古とする。19世紀に入るとボート競技はますます盛んになり,1830年代にはアメリカやドイツにもアマチュアクラブが生まれたが,プロの漕手も第1次世界大戦前まで存在した。
1829年にはオックスフォードとケンブリッジの対校レース(単にBoat Raceという)が始まった。このときはヘンレー・オン・テムズで行われ(現在はパトニーからモートレークまで6.8km),これに刺激されて39年にヘンレー・レガッタHenley Regatta(1851年からヘンレー・ローヤル・レガッタHenley Royal Regattaと呼ぶ)が設けられた。後者は毎年7月に4日間にわたって行われ,外国からの参加者も多い。アメリカのイェールとハーバードによる対校レース(1852開設)も伝統のあるものとして知られる。1892年に国際漕艇連盟Fédération internationale des sociétés d'aviron(FISA)が創設された。オリンピック種目としては,96年の第1回アテネ大会に舵なしペアが予定されていたが,荒天のため中止,1900年のパリ大会から行われ,76年のモントリオール大会には女子6種目が加わった。優勝回数はアメリカを筆頭に,ドイツ,ニュージーランド,オランダ,ソ連(現,ロシア),カナダなどがこれに迫っている。1962年からは世界選手権大会も開かれているが,人気は欧米の著名レースには及ばない。2007年11月現在FISA加盟国・地域は118である。
日本では幕末期にも,幕府海軍の水兵が軍艦のボート(バッテイラと呼んでいた)をこいだり,横浜の在留外人がクラブをつくって本国からボートを取りよせていたが,1873-74年ころ東京大学の学生がアメリカの捕鯨船の中古ボートを7~8隻買ってこぎまわったのがアマチュアのボートの始まりという。82年に隅田川の向島で天皇行幸のもとに海軍競漕会が催され,翌年にはさらに華やかになり,学生の間にもボートへの関心がいっきょに高まった。84年には東京大学走舸組(ボートクラブの前身)のレースも開かれ,85年の横浜外人クラブと東大のレースでは初の滑席艇が用いられた。このころには,大学,高校のほか,多くの中学や実業団にもクラブが結成されギグ(小型カッター)の新造も盛んになっている。1910年ころにはアウトリガーの滑席式シックスが出現した。20年日本漕艇協会が創立され,同年エイトの学生選手権大会,24年全日本選手権大会が開始された。オリンピックには28年第9回アムステルダム大会(フォア,スカル)から参加,32年からはエイトにも出場しているが,これまでのところ,56年第16回メルボルン大会の準決勝進出(慶大エイト)が最高の成績である。日本と世界のトップではオープン・クラスのエイト(2000m)で20秒前後の差があり,レベルアップがのぞまれる。
現在のスポーツ競技のボートは1~8人でこぎ,使用するボートはこぎ手の座席が前後に移動する滑席sliding seat式と,固定席fixed seat式に大別されるが,現在はすべて滑席式である。オールoar(かいともいい橈の字をあてる)は艇舷から外に張り出したリガー(支柱)によって支えられたクラッチ(ローラックrowlockともいう)に通し,てこの効果を存分に利用する。船体は,外板の張り方で,シェル艇,ナックル艇,クリンカー艇の3種類ある。クリンカー艇はボートの外板が重なり合った鎧張りclinkerになっているもの。ナックル艇は日本独自の規格艇で,船底が角型knuckleでバランスが良く普及用である。国際レースでは外板を平張りshellにしたシェル艇を用いる。外板の材質は薄く軽いものがよく,アメリカヒノキやスパニッシュシダーの合板,プラスチック,カーボンファイバーなどの化学製品が用いられる。艇の材質,大きさには規制はないが,1982年以降,国際漕艇連盟は種目による重量制限を設定,金のかかる軽量化競争に歯止めをかけ,例えばエイトのシェルは重量93kg以上,1人こぎのシングルスカルは14kg以上と定めた。
オリンピックでの競技種目は,(1)シングルスカルsingle sculls,(2)ダブルスカルdouble sculls,(3)クオドルプルスカル(4人こぎスカル)quadruple sculls,(4)舵手なしフォアfour-oared shell without coxswain,(5)舵手なしペアpair-oaredshell without coxswain,(6)エイトeight-oared shell with coxswain,eightsであり,舵手なしフォアのみ男子種目,他はすべて男女双方の種目となっている。以上男子6,女子5種目が体重無差別で行われ,1996年アトランタ・オリンピックから軽量級(クルーの平均体重が男子70kg以下,女子57kg以下)として,(1)舵手なしフォア(男子),(2)ダブルスカル(男子,女子)が加わった。舵手なし(舵なし)は漕手が足で操作する。スカルには舵がないが,女子のクオドルプルスカルには舵と舵手がつく。クオドルプルスカルは1974年に採用された。
公式レースは,いずれの種目も男子,女子とも2000mの直線静水コースで行われ,タイムに関係なく着順のみで勝敗を決めるので,敗者復活戦の方式が採用される。
スタートは,スリット(見通し機)で各艇のへさきをそろえ,審判の旗を合図にこぎ出す。フライングを2度犯すと失格になる。各コースはブイによってセパレートされている。コースを侵害し,相手のストロークを妨害したと認められたときは失格となる。レースでは,各クルーがピッチに秘策を練る。ピッチは1分間にこぐストロークの回数で,キャッチ(オールをこぎ入れること)から6本目のキャッチまで正味5本分の時間を測定し,その秒数で300を割って算出する。一流のクルーならばスタートダッシュでピッチ50前後,スパートで43前後,それ以外のときはコンスタントピッチ(平常ピッチ)といい,エイトでピッチ36~38ぐらいである。ストロークはオールのブレード(かい先)を水中で引くことで,キャッチからフィニッシュ(こぎ終り),そしてブレードを抜いて回転する(フェザリング)までむだなく力強く行うことがたいせつである。クルーはかならず定員を乗せなければならない。エイトでは船首寄りから,バウbow(舳手),2~7番,ストロークstroke(整調)と呼ぶ。舵手(コックスcoxswain)は最後部または先頭部に位置し,全体のピッチに注意し号令をかけるとともに,舵の操作を受け持つ。近年はトップ・コックスの傾向が強い。舵手は軽量が有利であるが,50kgに達しない場合は砂袋を積んで差を埋めなければならない。
レースの着順は,スタートと同様に艇のへさきで判定する。各艇の先端には危険防止のために,直径4~5cmのゴム製の白球をつけることが義務づけられているが,これが写真判定にも役だつのである。艇差は艇の全長を基準にし,先行艇の最後部と後続艇の先端がかかっていれば1艇身差という。それより離れると〈水があくdaylight〉といい,7艇身以上は〈大差〉である。エイトの全長は15~18mで,船首,船尾の上部それぞれ約1.5mは波よけの防水布が張ってあるのでキャンバスと呼ばれ,これを目安に,前部トップキャンバスにかかる1~2mのきわどい差を〈キャンバス差〉,4分の3艇身を超えて後部ラダーキャンバスにかかる差を〈逆キャンバス差〉という。なお,レースの方法としては,バンピングレースbumping raceと呼ばれる,狭い川でいっせいにスタートし,前のボートにタッチ(バンプ)した回数で順位を入れ替え,これを数日くりかえし,優勝者に〈川の先頭Head of the River〉の称号を与えるもの,あるいは主として冬季に行われる長距離のタイムレースで,同じく優勝者に〈川の先頭〉の栄誉を与えるものなどがイギリスで行われている。
ボートのテクニックの改革の一つとして知られるものに,フェアベーン漕法がある。ケンブリッジ大ジーザス学寮のコーチとなったフェアベーンStephen Fairbairnが1920~30年代に唱えたもので,かい先(ブレード)の動きに重点を置き,自然に,動的にこぐことを説き,それまでのスタイルやフォームを重視する伝統派と対立した。これを受けついでドイツのアダムKarl Adamは感覚の重視,インタバル訓練法などを採用,上体を動かさない漕法で成功し,1958~68年の国際競技では1回しか負けなかった。そして,1959年のヨーロッパ選手権からは幅の広いブレードを使用,以後その開催地の名をとってマコン型ブレードと呼ばれ各国に普及した。92年バルセロナ・オリンピック以後は,ブレードの下半分の面積を広くしたなた型(チョッパーchopper)オールが世界的に広まっている。また,リガーの並び方にも改良がみられる。一般には左右交互にリガーが配置されるが,ボートはどちらかに曲がって進行しやすく,これを解消するため順序をかえ,例えば2番と3番,あるいは4番と5番を同じ側にする方法が1956年に,イタリア・チームによって考案された。さらに,81年の世界選手権ではドイツのシングルスカルに,リガーとストレッチャー(足掛け)がスライドし,席は固定した機構が採用され,体重の移動によるボートのピッチングを減少して圧勝した例もある。
なお,社団法人日本漕艇協会は,1998年度から名称を社団法人日本ボート協会に変更した。〈漕艇〉の文字は,79年目にして〈ボート〉に衣替えする。水と共存して,より親しみやすいスポーツに発展するために,これも時代の趨勢(すうせい)だろうか。
執筆者:広瀬 喜久男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
本来は櫂(かい)やオール(橈(かい))で漕(こ)ぐか機関によって推進する小型の無甲板艇の総称。短艇、端艇ともいった。その後、港内や湾内、内海などでの人や荷物の輸送や作業、海洋レジャーなど使用用途の多様化とともに呼び方も変わり、このような用途に使われる小舟艇や小型の船の総称となっている。
短艇や救命艇のほか、連絡や人の輸送に従事する通船(つうせん)(ランチ)・渡船(とせん)(フェリーボート)、パイロットボート、検疫ボート、税関艇(カストムボート)、他船の曳航(えいこう)や係留作業等に従事するタグボート(引き船)や綱取りボート、巨大船や危険物積載船の嚮導(きょうどう)や進路警戒にあたるエスコートボートなど、用途に応じ種々のものがある。
ボートと外洋を航行する船舶shipとは区別してよばれるが、スチームボート(汽船、スチームシップ)、カーゴボート(貨物船、カーゴシップ)、パッセンジャーボート(客船、パッセンジャーシップ)など、合成語にボートを用いる場合もある。
[岩井 聰]
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(吉田章 筑波大学教授 / 2007年)
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