宅野村(読み)たくのむら

日本歴史地名大系 「宅野村」の解説

宅野村
たくのむら

[現在地名]仁摩町宅野町

仁万にま村の北に位置する。日本海に面し、宅野浦(宅野港)がある。山陰道が通る。日本海沖合にから島・おお島・無木むぎ(麦)島がある。古代の邇摩郡託農たくの(和名抄)の遺称地で、中世には一帯に宅野別符が成立していた。正保国絵図に宅野村とみえ、高三五四石余。別に宅野浦が記される。元禄一〇年(一六九七)石見銀山領村々覚によれば田方二五九石余・畑方九五石余、年貢高は米一二一石余・銀七四一匁余、小物成は酒場役銀二〇目・篝役銀一八匁余・和布役銀五匁など、家数は本家四二・門屋一一五、人数六〇四。宝永石見国郷村帳では高三五四石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む