守末村(読み)もりすえむら

日本歴史地名大系 「守末村」の解説

守末村
もりすえむら

[現在地名]杵築市杵築

杵築城下西方の馬場尾(ばばお)口番所から、武家屋敷を抜けた所が当村の入口である。村の中央を通る道は高田(たかだ)(現豊後高田市)に通ずる主要道で、参勤交代の際も利用した。台地上に畑があり、低地に水田をもつ。康永三年(一三四四)七月六日の八坂下庄中村内忠氏知行坪付注文案(秋吉文書)に守末名がみえる。小倉藩慶長人畜改帳では木付下(きつきしも)庄に属し、家数一一・人数二四(うち本百姓六)。元禄郷帳では高八三石余。白水(しろみず)池の増築によって用水路が延長され、増石があった。文久三年(一八六三)の田畑根付目録(工藤家文書)では田五町・畑四町七反、弥田分として田四町があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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