安中藩太田陣屋跡(読み)あんなかはんおおたじんやあと

日本歴史地名大系 「安中藩太田陣屋跡」の解説

安中藩太田陣屋跡
あんなかはんおおたじんやあと

[現在地名]旭市ニ

明和五年(一七六八)上野安中藩の下総領二三ヵ村の支配の拠点として設けられた陣屋の跡。周囲に堀をめぐらし、南に向いて長屋門、その奥に間口八間・奥行四間の役所、東隅に牢屋、西に九尺二間の琴比羅ことひら社、北西隅に小さな稲荷社があり、陣屋勤務の藩士の居宅は西隣に建てられていた。江戸藩邸に下総御領知重掛という家老格の重役がおり、陣屋には代官二名・代官見習二名と数名の同心が常駐し、年貢収納廻米、領内取締などを行い、年貢はおもに江戸藩邸の費用に充てられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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