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廻米 かいまい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

廻米
かいまい

江戸時代,一般に遠隔地に回送する米穀のこと,およびその輸送手順をこう呼んだ。廻米には,(1) 幕府天領からの御城米,(2) 諸藩の蔵米,(3) 蔵屋敷をもたない大名,藩士,庶民の納屋米,の3種があり,回送先は江戸,大坂が多い。江戸へは御城米だけで毎年 50万~75万石,大坂へは蔵米百数十万石,納屋米が蔵米の4分の1程度集荷されたといわれる。米は一時に大量の輸送を必要としたから,海路廻船によることが多かったが,一部には河川が,また津出場 (つだしば) までは馬背なども利用された。御城米の回送は厳重をきわめ,幕府は廻米仕法を定めて廻米方に管掌させた。また米価調節のため種々の廻米制限も行なった。

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百科事典マイペディアの解説

廻米【かいまい】

江戸時代,多量の米を一地点(おもに生産地)から他の地点(大坂・江戸などの大市場)に輸送することをいい,また輸送米そのものをいった。米穀の大量輸送は近世初頭には兵糧米を主としたが,幕藩体制が確立されると,諸藩が領主の江戸藩邸での生活諸経費などを賄うため,徴収した年貢米を大坂・江戸などの米穀市場に回送・販売することが主となった。
→関連項目水手河村瑞賢南山御蔵入騒動宮津

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

廻米
かいまい

江戸時代に遠隔地へ米を廻送すること、またその米をいう。江戸幕府は、1620年(元和6)初めて江戸浅草に御米蔵を建て、翌年大坂に御蔵奉行(おくらぶぎょう)を置いて諸国の廻米を収蔵した。諸侯も、大坂、江戸などの蔵屋敷へ貢租米を廻送して、市中の米問屋を通じて換金に努めている。江戸、大坂などの中央市場へは多量の米が廻送されたが、それらは、天領などからの御城米(ごじょうまい)、藩からの蔵米(くらまい)のほか、商人が農民から貢租余剰米を買い付けた納屋米(なやまい)もあった。江戸幕府は、米の輸送の安全のために厳しい廻米仕法に努めたので、城米の品質や員数などが厳重に点検された。廻米には、海路が多く用いられたが、河川や駄馬も併用された。交通の整備とともに廻米量は増加し、市場に米の供給が過剰となった享保(きょうほう)(1716~36)以降、幕府はしばしば江戸、大坂への廻米を制限して、米価の調節を図った。[土肥鑑高]

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