安宅役所跡(読み)あたけやくしよあと

日本歴史地名大系 「安宅役所跡」の解説

安宅役所跡
あたけやくしよあと

[現在地名]徳島市安宅二―三丁目

安宅に置かれた徳島藩水軍の役所。寛永一七年(一六四〇)頃常三島(じようさんじま)からの水軍の根拠地移転に伴い、当役所も移っている。役所は安宅の東部、沖洲(おきのす)川西岸を占める。旧安宅御船方の一巻(御大典記念民政資料)によれば、安宅役所は安宅御殿とも称し、御船屋、安宅御米蔵、鍛冶・桶屋・枌屋の詰所もこのうちにあった。天和三年(一六八三)の渭津城下之絵図によれば御船屋(船置所)の規模は東西二三〇間・南北一五〇間。幕末の安宅御役所間取図(笹尾家蔵)によれば、微妙に配置が違うものの、櫓家・御郡方・海上目付・御船目付・御門・会所御番・会所使番・杖突所・御米蔵手代・物言所・御奉行詰所・御土蔵手代・目付役、御殿(御床付)、御蔵・御湯殿・御高架・御路次などがあった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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