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安東盛季 あんどう もりすえ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

安東盛季 あんどう-もりすえ

?-? 室町時代の武将。
安東貞季の子。十三(じゅうさん)安東氏,下国(しものくに)安東氏。津軽(青森県)十三湊(とさみなと)の福島城を拠点に津軽一帯を支配。永享4年(1432)あるいは嘉吉(かきつ)3年南部(なんぶ)義政に攻められて福島城をうしない,松前(北海道)にのがれた。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

安東盛季

生年:生没年不詳
津軽十三湊(青森県市浦村)を拠点にした下国安東(藤)氏の室町時代の当主。安東(藤)氏の系図・家譜類はすこぶる多く,内容もまちまちであるため,その詳細は定かでないが,『秋田家系図』は十三湊の貞季に盛季・鹿季の2子あり,応永年間(1394~1428)初年弟鹿季が秋田湊を討って湊家と称し,盛季が下国家と称したとする。また『新羅之記録』は,盛季は嘉吉3(1443)年南部義政に攻められ,十三湊から蝦夷島に逃れ,曾孫政季のとき出羽河北(秋田県能代市)に拠って檜山の屋形となったとする。盛季の没年については『秋田家系図』が応永21(1414)年とするが,安東(藤)氏の渡島年(『満済准后日記』は永享4(1432)年)も含め,その正確な年月は定かでない。<参考文献>遠藤巌「安東・秋田氏」(『地方別日本の名族』東北編1巻)

(榎森進)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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