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十三湊 とさみなと

百科事典マイペディアの解説

十三湊【とさみなと】

津軽(つがる)岩木川河口の十三(じゅうさん)湖に形成された中世の港。現在の青森県市浦(しうら)村(現・五所川原市)にあたる。蝦夷地と日本海を結ぶ港として平安末期から整備され,鎌倉期の北条氏の支配を経て,〈十三湊日之本(ひのもと)将軍〉と称した安東(安藤)氏の本拠地となった。
→関連項目アイヌ安東氏蝦夷管領コシャマインの戦

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世界大百科事典 第2版の解説

とさみなと【十三湊】

津軽岩木川河口の十三潟(じゆうさんがた)(十三湖)に開かれた中世の港湾。平安末期の津軽四郡建置のころから港湾として整備され,鎌倉期に幕府が蝦夷島支配を重大政策としたのに伴い,蝦夷管轄基地として脚光を浴びた。蝦夷沙汰を担当する北条氏が地頭も兼ね,代官に安東氏を置いて管轄。北条氏滅亡後は,〈十三湊日之本(ひのもと)将軍〉を称する安東氏の本拠地となり,蝦夷地と日本海海運を結ぶ重要港として発展した。1340年(興国1∥暦応3)大津波で壊滅的被害をこうむったが,再度復興されたという。

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世界大百科事典内の十三湊の言及

【青森[県]】より

陸奥国
[本州の最北端]
 青森県は,日本海側と太平洋側の交通路が出会う地点であるとともに北海道への渡航点として重要な位置を占めている。古くは日本海経由の西廻航路によって北陸,京都と結ばれ,西海岸の鰺ヶ沢(あじがさわ),深浦,十三湊(とさみなと)などの商業港が発達した。1624年(寛永1)青森湊が開港し,太平洋経由の東廻航路が開かれて江戸との交流が盛んになり,東海岸の野辺地八戸も商業港として発達した。…

【鰺ヶ沢[町]】より

…【佐藤 裕治】
[鰺ヶ沢湊]
 津軽藩の港町で,同藩四浦の一つ。中世に繁栄した十三湊(とさみなと)に代わり,寛文年間(1661‐73)より上方廻米の積出港となった。津軽平野の岩木川を下した米は十三湊経由で海上を鰺ヶ沢湊に運ばれ,雇船の北国・上方船が敦賀,大坂に回漕された。…

【市浦[村]】より

…南部は十三湖(じゆうさんこ)が占め,北部は津軽山地北部にあたる山地からなる。十三湖の湖口にあたる十三は,中世には十三湊(とさみなと)と呼ばれ,豪族安東氏の拠点として栄えた。1340年(興国1∥暦応3)大津波をうけ一時衰退するが,近世には鰺ヶ沢,深浦,青森とともに津軽藩の四浦に数えられ,岩木川舟運によって運ばれた津軽平野の米や山地からのヒバの積出港であった。…

※「十三湊」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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