安武古町(読み)やすたけふるまち

日本歴史地名大系 「安武古町」の解説

安武古町
やすたけふるまち

[現在地名]久留米市安武町住吉やすたけまちすみよし

安武本やすたけほん村の西、ひろ(大善寺川)右岸低地に位置する。南は住吉村、北は大島おおしま村。西は筑後川に沿う。海津かいづ城の城下町として成立したといい(筑後将士軍談)、同城が廃されると在郷町となった。元和七年(一六二一)有馬豊氏は安武古町の二〇石を久留米城下祇園ぎおん(素盞嗚神社)領として寄進した(寛文十年寺社開基)。「寛文朱印留」に安武古町がみえる。本高は一二二石余(元禄国絵図)。「在方諸覚書」によると古高一七〇石・役高一六六石。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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