安見村(読み)やすみむら

日本歴史地名大系 「安見村」の解説

安見村
やすみむら

[現在地名]豊野村安見

東西および南東の三方を山岳丘陵で囲まれ、その中央を浜戸(はまど)川が緩やかに蛇行し、その両岸と山裾との間に集落が形成される。東の下安見(しもやすみ)村と古くは一村であった。北は鰐瀬(わにぜ)村・藤山(ふじやま)村(現城南町)、南西は山崎(やまさき)村に接する。正平三年(一三四八)九月日の恵良惟澄軍忠状(阿蘇家文書)に同元年九月「山崎向城安見岡二箇所城、御方相共落之了」とある。安見岡城の所在は不明。徳王丸西仏等系図(舛田文書)の尼性妙の代官又次郎実家なるものの注記に「始号安見二郎」「豊田庄安見住人」という表現がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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