安達清風(読み)あだち せいふう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「安達清風」の解説

安達清風 あだち-せいふう

1835-1884 幕末-明治時代武士,開拓者。
天保(てんぽう)6年3月23日生まれ。因幡(いなば)鳥取藩士。昌平黌(しょうへいこう)にはいり,水戸で会沢正志斎にまなぶ。神発流砲術教授,京都留守居をつとめ,尊攘(そんじょう)運動に参加。維新後,岡山県の日本原開墾につくした。明治17年9月15日死去。50歳。初名は忠貫。字(あざな)は子孝通称は志津馬,清一郎。号は竹堂,竹処など。日記に「安達清風日記」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「安達清風」の解説

安達 清風 (あだち せいふう)

生年月日:1835年3月23日
江戸時代;明治時代の鳥取藩士
1884年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

〘 名詞 〙 ( 牽牛と織女の別れを悲しむ涙雨の意 ) 陰暦七月七日に降る雨。せいるいう。《 季語・秋 》[初出の実例]「歳時雑記曰、〈略〉七日雨、則曰二洒涙雨一」(出典:俳諧・滑稽雑談(1713)七...

洒涙雨の用語解説を読む