宗林町(読み)そうりんちよう

日本歴史地名大系 「宗林町」の解説

宗林町
そうりんちよう

中京区油小路通三条上ル

南北に通る油小路あぶらのこうじ(旧油小路)を挟む両側町。北側を姉小路あねやこうじ(旧姉小路)、南側を三条さんじよう(旧三条大路)が通る。

平安京の条坊では、町の西側は左京三条二坊三保一二町東、東側は同保一三町西。平安中期以降は姉小路油小路南。

応永三二年(一四二五)一一月一〇日付の酒屋交名(北野天満宮史料)には「姉少路油少路南東頬 大輔 祐範」の名がみえる。また「祇園社記」の永正・大永(一五〇四―二八)頃の「材木屋在所」には、「三条とあねかこうちとのあいあふらこうち しほや」とみえる。

町名は、寛永一四年(一六三七)洛中絵図に、「宗林町」とみえ、その後変化はない。延宝六年(一六七八)刊「京町鑑」に「此町往古豊後国主大友宗麟がやしきありしとぞ、いつの頃にか宗麟の字を林の字に書かへたると也、又或説に宗林といひし茶人の住し所也ともいへり」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む