定常村(読み)さだつねむら

日本歴史地名大系 「定常村」の解説

定常村
さだつねむら

[現在地名]西伯町上中谷かみなかたに

信頼のぶより村の南、法勝寺ほつしようじ川上流域に位置し、同川支流あごうじ谷の分岐点にあたる。法勝寺往来が縦断し、南は早田わさだ村。村名は中世の名を継承するとの説がある(西伯町誌)。天保一一年(一八四〇)の田畑地続全図(西伯町役場蔵)によると耕地は北部川沿いに開かれている。拝領高は九八石余、本免は五ツ五分。藪運上銀三匁九分が課され(西伯町誌)、米子荒尾氏の給所であった(給人所付帳)幕末の六郡郷村生高竈付では生高一〇六石余、竈数一五。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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